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日本の知的能力を、いかに守るか
知的財産法分野 玉井研究室  

先端研に社会科学? 科学技術という言葉からか、先端研の研究分野に社会科学があると知って驚く人は多い。
しかし、科学技術の研究成果も実用化プロセスも、すべては人が考え研究する知的能力から生まれる「守るべき財産」。 玉井研究室では、国際競争から企業の経営戦略まで、科学技術マネジメントに欠かせない知的財産法を研究している。 特許権、著作権など、私たちの身近な製品やサービスの背景でうごめく世界とは?

モノではない “付加価値” の時代、日本は?

  • 書棚の前に立つ玉井教授
    書棚エリアには約3,000冊の本が
  • 駒場の秘境と称される先端研とは対照的な東京駅直結の高層ビルに、知的財産法・玉井研究室のサテライトオフィスがある。 抜け感のある都会の眺望、ぎっしり詰まった本棚。洗練されている。「本がどうしても多くなるし、企業との打ち合わせにも便利なんですよね」 と玉井教授。知的財産法とは、モノとしての財産ではなく人の知的な活動が生み出した成果、業績の表現や技術を守る法律のこと。 先進国での重要性はもちろん、最近では中国などアジア諸国でも知財教育に力を入れ始めているという。

    「知財に現れるような付加価値のほうが物体の価値よりずっと高いという時代になっています。日本はまだ考え方が“ モノづくり日本”なんですよね。 なぜモノを作らないのに多くのお金をもらえるんだ?と言いますから」。

    玉井教授は、海外の研究者や専門家との交流に積極的で、特許の専門裁判所である米国連邦巡回区控訴裁のレーダー長官とは特に懇意にしている。 「戦後の焼け野原から日本の繁栄を築いた最高水準の研究者でも、年収はプロスポーツ選手やお笑い芸人よりずっと少なく、数十分の一レベルというのはおかしい。 日本人で野球選手になる才能がある人と研究者になる才能がある人なら、研究者になる人のほうが多いと思う。 一人の野球選手が世界で通用する仕事として50億円を稼ぐなら、研究者のうち数百人くらいは生涯50億円くらい稼げる社会を実現したい」が、「日本の裁判で1億円取れる感覚は、アメリカの1億ドルと同じ。100倍の差があります」。
    日本と海外、特にアメリカとの感覚差は大きいという。

アジアで広がる、知財のプロ育成

主な研究分野である営業秘密、標準必須特許、職務発明のうち、今、最大の課題は「営業秘密」。 特許制度の陰に隠れて見過ごされてきたが、最近は極めて重要な分野だと認識され始めた。
「例えば、新日本製鐵(現・新日鐵住金)の方向性電磁銅板訴訟。変電設備や送電設備に使用すると送電ロスが劇的に低下し電力を約1割節約できるという特殊鋼材をめぐる、産業スパイ問題です」。 数ある知財訴訟のうち986億円の損害賠償を求める注目の訴訟に、玉井教授は全面協力している。

情報流出や産業スパイに備えるシステムはやはり欧米企業が先を行くが、台湾や中国といった新興国でも萌芽的ながら活発化している。「台湾のMMOTは国として予算を確保し、毎年40人程度を対象にした海外研修プログラムを実施しています。 研修先にはアメリカやドイツと並んで東京も入っていて、私の研究室では、実務家等の講義や日本企業訪問、東大産学連携の現場など東京分のコーディネイトを行っています」。 また、北京大学は台湾MMOTとは別の施策を考えており、「各国が自国の知財を守ろうとする中、日本が旧態依然としていたら、人材力の格差が競争力の格差になる」と懸念する。では、どのように人材を育てるか。 ビジネスに直結する分野だけに、法律の知識だけでなく特定の技術分野やビジネスに精通している人材が必要だが、そこが大きな課題でもある。
「実は、知財はアメリカのMBA でも手薄の分野です。実践的な教育だからこそ、日本の大企業が知財と経営と技術を一体化した養成スクールを社内で作り、毎年一定数の知財のプロを育てるといった試みがあってもいい。 そのときには協力したい」と語る。

海外事例を徹底的かつ緻密に調べ尽くす


  • 知財の前はドイツ行政法史が専門。高校の教科書にも論文が引用されている。
  • 「私たちの研究は実験系の研究と違い、人類にとって新しい知識をもたらすものではありません」。 実験を重ね新たな発見を目指す研究が大部分の先端研で、社会科学、しかも先端研唯一の法学研究は、どんな“ 先端” を示しているのだろうか?

    「 FBIは、摘発した営業秘密の窃取事例をウェブサイトに公開しています。産業スパイを帰化させ何十年もは非常に有益な情報ばかりですが、日本では知られていないし読まれてもいない。 “ 日本人にとって必要な形に加工して伝える” ということを誰もやっていないんです。これは日本人の法学者である私がやるべきだと」。

    使うのは公開情報。実験で得た実証データではなく新しい知識でもないが、日本国民、そして政策当局にとっては新しい。 「公開情報はすべて見る、経済秘密法に関係する法律は全部読む、など、徹底的に緻密にやります。 時間は限られているのでほかの研究を諦めることもありますが、日本にとってどのような法律を作るのが国益にかなうのか、と提案をするのが仕事ですから」。

    データベースの検索から参照、分析まで、すべてを玉井教授ひとりで行う。「中国語の情報は中国語の堪能な学生に訊きますけどね」。 この情報が、日本の知財を守る次の政策へとつながっている。

そこが知りたい! 「アメリカ知財法研究・3つの意義」

① 実務における「守り」と「攻め」の武器に

守り 知らずにやった行為がFBIの捜査妨害や独占禁止法違反になり、重罪に問われないための実務知識。
攻め 営業秘密を盗まれている可能性がある場合などに米国捜査当局へ訴えるための実務知識。

② 日本の知財を守る法整備の参考に

同じ営業秘密を日本と米国が持っている場合、営業秘密を盗む標的にされるのは、軟弱な法律で刑も軽い日本。機能的に米国と遜色のない法制度の在り方・運用を検討する上で重要。

③ 文化を理解し、背景を知る手がかりに

例えば、営業秘密を盗む行為では…

日本 「しょせん金の問題。人が死んだわけではない」と軽く見る傾向。
米国 「米国企業の投資意欲を殺ぎ、経済の繁栄を危うくする、この上なく破廉恥な犯罪」と見る。

教授の横顔

  • 玉井 克哉 教授
  • 「行政法から知的財産法に変わるきっかけとなったドイツ留学は、東欧の社会主義政権の崩壊や東西ドイツ統一の時代でした。人生では、起こるはずがないと思っていたことが起こるのが普通。東大法学部から続くレール、何も起こらないという前提でプログラムされた人生などあり得ない、 と価値観が一変しましたね。この経験がなければ、先端研へ来る話には尻込みしていたと思います」と笑う玉井教授。 法律の考え方を学生に伝えるために始めたtwitterから人脈が広がることも多いという。 「狭い世界から外へ出る。面白いと感じたらやってみる。行けるときに行く、と、夏休みは家族でブダペストへ行きましてね」。 実は、この取材は帰国翌日。留学当時の東欧話は臨場感たっぷりでした。

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