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国連・生物多様性条約のCOP15開催に寄せて

  • 先端研ニュース

2022年11月25日

国連・生物多様性条約(CBD)の第15回締約国会議(COP15)が、12月7日~19日まで、カナダのモントリオールで開催されます。東京大学先端科学技術研究センター生物多様性・生態系サービス分野の森章教授は、COP15に関連して、科学に基づく情報(注1)を「サイエンス ブリーフ」の中で発信し、客観的証拠に基づいた部分を補う科学的立場で参加してきました。森教授の生物多様性条約に関わる研究とメッセージを紹介します。

  • 森章教授

    森 章 教授

  • 【生物多様性条約とは】

    COPというと気候変動枠組条約(UNFCCC)の方が聞き慣れているかたが多いかもしれません。実は生物多様性条約(CBD)は、気候変動枠組条約と時に「双子の条約」とも呼ばれ、密接に関連しています。1992年のブラジルのリオデジャネイロで行われた地球サミット(環境と開発に関する国際会議)を契機として生まれ継続されてきました。

    生物多様性条約(CBD)のCOP15は、2050年ゴールに基づき、2030年までの国際ターゲットを決定する会議です。

    これまでの2020年を目標年とした愛知目標を、科学的な評価・達成状況も踏まえて見直し、新たな世界目標である「ポスト2020生物多様性枠組」がCOP15で決定される予定です。現在は世界平均で陸域16%、海域8%の保全までしか達成できていませんが、2030年までに陸と海の表面積の30%以上を保全することを目指しています。生物多様性の損失を防ぎ、人と自然との結びつきを取り戻すこと、地域の経済・社会・環境問題の同時解決につながるNbS (Nature-based Solutions)のための、健全な生態系を確保する基盤的・統合的アプローチが今後の鍵となってきます。

目標達成のためには、さまざまな行動が必要です。議論のひとつとしては、たとえば、国立公園などの保護地域の拡張はもちろん、保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(OECM)の選定と管理が重要になってきます。農業の場合、生物にとって保全価値の高い地域を適正に管理するためには、たとえば環境に配慮した生産方法を導入するなどの行動が必要です。ただし、環境配慮型の農業では、場合によっては、生産量が低下するなどが生じ得るので、その分の生産や収益をどこでどのように賄うのかなどの社会経済面も考慮する必要があります。生物多様性の保全も目指した農業により、その場の生産量が下がった分を他地域に押しつけてしまって環境の改悪が起こっては本末転倒にもなり得ます。

生物多様性条約(CBD)のCOP15では、主に政治的な議論が行われます。たとえば、生物由来の製薬から生じる遺伝資源の衡平な配分を考えます。遺伝情報をもとに有益な新薬を作り出す際に、設備、長い時間をかけた臨床試験、特許取得など、膨大な投資と高い技術力が必要です。これが可能なのは資金力のある先進国企業であることが大半です。一方で、新薬のもととなる遺伝資源の多くは、開発途上国に存在します。途上国に生息する生物を採取して、先進国が開発した新薬によって得た利益をどのように開発途上国にも分配するか、このような「衡平性(equity)」に関する激しい議論が続いています。

【2050年ゴールへ向けた研究課題と長期的展望】

気候変動と生物多様性の相互作用について、世界中の樹木種を対象にした将来予測を実施しました。その結果、気候変動を緩和すると樹木の多様性が守られ、この守られた樹種多様性が炭素吸収を介した温暖化緩和にさらに貢献するといった、気候変動と生物多様性の間の望ましい安定化フィードバックの可能性を世界で初めて示しました。ただし、世界には樹木が6万種ほどもあると言われており、2000種弱しかまだ解析できていませんので、もっと解析の範囲を広げていきたいと思っています。

北海道の知床国立公園では、森林再生事業に長年関わってきました。知床は原生林のイメージが強いですが、再生が必要な場所もあり、木を植えるだけでなく、時には木を切ることも含めて、様々なアプローチが必要です。研究室の学生や研究員と共に、樹木の高さを測ったり、生息する虫の数を測定したり、モニタリングデータを地道に収集しています。倒木を利用するキクイムシのサンプルを取ったり、土壌の細根を採集したりと、気が遠くなるような地道な作業が続きます。モニタリングデータをもとに、ラボのメンバーが研究発表を行うなど、地域の方々とディスカッションを行いつつ、科学に根差した自然再生を目指して活動しています。

気候変動の問題は、経済的負債をはじめ、さまざまな負荷を次世代、次々世代のひとたちに負わせています。生物多様性が失われ、一つの生物が絶滅してしまった場合、もしかしたらその生物が特効薬となりえたかもしれない、その価値が未来永劫に失われてしまうことになります。これらの問題は、将来世代への責任に関わるもので、取り返しがつかなくなる前に何とかしなければなりません。

知床の森も人と同じように健康診断が必要で、樹木は長寿のため、数百年ものタイムスケールで考えていく必要があります。人の一生をかけてもカバーできる期間ではないですし、自分自身の研究を次の世代の学生達へ引き継いで、バトンを受け渡していきたいと考えています。その学生達が国際的なフレームワークで活躍してくれることを願っています。

【地球規模での生物多様性の損失・要因に関する専門家の視点】

専門家の間でも、地球上に一体どれだけの真核生物の種が存在するのか、おそらく数千万種とも数億ともいわれており、意見が分かれています。また生物の定義も定まっていないのが現状です。絶滅の危機に瀕している生物は100万種以上ともいわれています。

様々な国と地域の3000人を超える専門家に、英語だけでなく多様な言語でアンケート調査を行った結果、専門家の意見として、生物多様性の損失は複数の要因が相乗的に作用しているなど、合意が得られた一方、専門家の視点や推定には人口統計学的、地理学的に重要な差異があることが判明しました。これは、最も絶滅の危機に瀕している分類群や生息地に関する研究が偏っていることが一因であると考えられます。

先進国よりも開発途上国などの生物多様性に富む地域に居住している人々の方が生物多様性の損失に対する危機意識が高いこと、また男性よりも女性の方が危機を感じている度合いが高いことが分かりました。

【生物多様性に関するメッセージ】

生物多様性に富む地域は、多様な樹木種が生息し、均一的な樹種の地域に比べて二酸化炭素の吸収量が多いことが分かりました。これは気候変動に関わる問題にとって非常に重要です。また、防災の面でも土壌侵食を防ぐ役割もあります。生物多様性が失われると、災害を防ぐことができなくなり、自然の生態系サービスを享受できなくなります。

「日の丸弁当」と「いろいろな具材が詰まったお弁当」のどちらを選びますか――。大学の授業で、お弁当の写真を提示して、学生の皆さんによく問いかけをしています。「いろいろな具材が詰まった多様性があるお弁当」の方が私たちの健康のために良いことと同じで、生物多様性の観点からみると、地球の健康も密接に関係しています。

生物多様性については、どう評価するか、多元的ないろいろな捉え方、はかり方があります。絶滅してしまう生物を守らなければ可哀そう・・・と考えている方も多いかもしれません。そのような捉え方だけではなく、生物多様性が私たちの生活にどう関わっているのか、いかに生活・健康面での恩恵を受けているか関心を持って欲しいです。生物多様性の保全・利用・衡平な利益分配、経済的価値を活用していくことが重要です。生物多様性を守らなければならない理由に、ぜひ思いを馳せてみてください。

【研究者】

生物多様性・生態系サービス分野 教授 森 章

【関連リンク】
(注1)科学に基づく情報

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