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冬季ユーラシア大陸中緯度域における寒冷化の要因分析
~北極海の海氷減少が寒冷化の約44%を説明~

  • プレスリリース

2019年1月15日

1. 発表者:

森  正人(東京大学 先端科学技術研究センター 助教)
小坂  優(東京大学 先端科学技術研究センター 准教授)
渡部 雅浩(東京大学 大気海洋研究所 教授)
中村  尚(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)
木本 昌秀(東京大学 大気海洋研究所 教授)

2.発表のポイント:

◆冬季中央ユーラシアにおける近年の寒冷化の約44%が北極海の海氷減少によって説明されることがわかりました。
◆これまでの北極海氷減少の影響の検証結果が研究間で異なっていたのは、大気モデルが海氷減少の影響を実際よりも過小評価していたためであることを、観測データと複数の大気モデル(注1)によるシミュレーションとを統合的に解析する新手法により明らかにしました。
◆本研究成果は、地球温暖化が海氷減少を介して当該地域での寒波・寒冬の発生確率を高めていることを意味し、今後の気候変化予測やそれを反映する政策決定などにおいて、非常に重要な示唆を与えるものです。

3.発表概要:

地球温暖化の進行にも関わらず、中央・東アジアを中心にユーラシア大陸の中緯度域で異常寒波や寒冬が頻発している要因として、北極海氷の減少の影響が指摘されてきましたが、その検証結果が研究間で異なるため、論争になっていました。
 東京大学先端科学技術研究センターの森正人助教、小坂優准教授、中村尚教授、同大気海洋研究所の渡部雅浩教授、木本昌秀教授の研究グループは、観測データと複数の大気モデルによる大規模アンサンブルシミュレーション(注2)とを統合的に解析する新手法により、大気モデルが海氷減少の影響を実際より過小評価し、その程度がモデル間で異なることを初めて明示しました。これこそが研究間で検証結果が異なる根本的要因と考えられ、今後の議論の前進に貢献するものと期待されます。さらに、モデルのエラーを補正した結果、海氷減少の影響が確認され、ユーラシア大陸中央部における最近20年間(1995-2014年)の寒冷化の約44%がバレンツ・カラ海(注3)での海氷減少に起因することがわかりました。これは、地球温暖化が海氷減少を介して当該地域での寒波・寒冬の発生確率を高めていることを意味します。
 本研究成果は、人為起源の気候変化に伴う顕著現象の変化の推定をより確かなものにする上で、また今後の気候変化予測やそれを反映する政策決定などに非常に重要な示唆を与えるものです。
 これらの成果は、2019年1月14日付でNature Climate Change(ネイチャー・クライメイトチェンジ)誌オンライン版に掲載されました。

4.発表内容:

【背景】
 海氷域の急速な縮小を伴う北極域の加速度的な温暖化とは対照的に、冬季ユーラシア大陸の中央部から東アジアの中緯度域では近年、異常寒波や厳冬が頻発し、北極域とは逆に寒冷化が進んでいます(図1a黒枠)。北極のバレンツ・カラ海(図1c黒枠)で海氷が減少するとユーラシア中緯度域で気温が下がるという相関関係が観測データから確認されるため、地球温暖化による海氷域の縮小が異常寒波や厳冬の一因であることが示唆されていました。
 しかし、この相関関係は必ずしも因果関係を説明しないため、気温低下が海氷減少に起因するという仮説検証のために、大気モデルを用いた大規模アンサンブルシミュレーションが世界で数多く実施されてきました。多くの研究は上記仮説を支持する結果を得た一方、有意な関係を検出できなかった複数の研究は、近年の寒冷化は海氷減少に対する大気応答(注4)(すなわち地球温暖化の影響)ではなく、大気の内部変動(注4)によるもの(たまたま厳冬が続いているだけ)と結論付けました。このように検証結果が研究間で定性的に異なり、世界的な論争となっています。また、海氷減少の影響を支持する結論であっても、影響の定量的な評価はこれまでなされませんでした。
 そこで研究グループは、観測データと複数の大気モデルによる大規模アンサンブルシミュレーションとを統合的に解析する新手法により、研究間で海氷減少の影響の評価に違いが生じる要因を調査し、それを踏まえて寒冷化に果たす海氷減少の影響の定量化を試みました。

【研究方法の概要】
 東京大学を中心とする研究グループによって開発されたMIROC4大気モデル(注5)に1979から2014年に観測された海面水温・海氷密接度、ならびに温室効果気体などの外部強制を与え、同期間の大気変動の再現実験を40メンバーのアンサンブルで行いました。これに加え、諸外国の研究機関で開発された6つの大気モデルによる同様のシミュレーション結果も用い、計219メンバーもの大規模な再現実験を解析しました。
 具体的には、冬季(12-2月)に観測された地表気温の平年偏差とシミュレーションで得られた地表気温偏差のアンサンブル平均(注2)との間で特異値分解解析(注6)を行うことで、両変動に共通する成分として外部変動の主要成分(外部変動モード)の抽出に成功しました。これにより、観測データとシミュレーションそれぞれに含まれる外部変動モードを定量的に比較することが初めて可能となり、大気モデルの再現性を評価できるようになりました。

【結果】
 地表気温偏差の最も主要な外部変動モードとして“Warm Arctic and Cold Eurasia(WACE)”パターンが観測データとモデルの両方で得られました。WACE パターンはシベリア高気圧の変動を伴っており(図2a-b等値線,H)、高気圧の強化で極域の寒気が中緯度域へ移流され(図2a-b黒矢印)、中緯度域に低温偏差を形成させます(図2a-b青色)。WACEパターンの強さの年々の推移(図2c赤・黒線)は、バレンツ・カラ海の海氷密接度偏差(図2c青線、図2d)と密接に連動し、海氷が減る(増える)時には、気温が北極域で上昇(低下)、ユーラシア中緯度域で低下(上昇)する傾向にあります。これらが外部変動に伴うことから、バレンツ・カラ海の海氷変動がWACEパターンを強制していると解釈できます。なお、この研究ではWACEを外部変動モードとして抽出しましたが、海氷変動とは無関係に大気内部で形成される成分(内部変動成分)も持っており、実際に観測されるWACEは内部・外部変動成分の両方から成ります。
 東半球中高緯度域における地表気温変動の分散のうち、WACEにより説明されるもの(図3a)とその全分散に対する比(分散比、図3b)を観測・各モデル毎に調べたところ、大気モデルが例外なくWACEによる分散を過小評価していることが分かりました。これは図2bでWACEの振幅が特に中緯度域で観測に比べて弱いことと同義です。WACEによる変動は大気内部で自励的に(勝手に)形成された成分と大気外部から強制された成分とに分離できます。分散の過小評価に寄与するのは後者のうち海氷変動によって駆動された成分(図3a青棒)で、これにより大気モデルでは海氷変動に駆動されるWACEの分散比も過小評価されることが明らかとなりました(図3b青棒;以下、モデルバイアス)。これは大気モデルではS/N比(注7)が観測に比べて著しく小さいことを意味し、研究間で海氷減少の影響の評価がばらつく潜在的な要因と考えられます。なぜなら、実験設定や解析手法、アンサンブルサイズをよほど注意深く選ばない限り、海氷減少によるモデルのWACE応答が他の影響によって容易に覆い隠されてしまうからです。
 最近20年間に観測された変化傾向では(図4a)、シベリア高気圧の強化(H)とユーラシア大陸の中央部での寒冷化が特徴的です。観測では、寒冷化の約59%がWACEによって(図4c)、残りは北極振動(注8)によって説明されます(図4b)。さらに、寒冷化の約44%(95%の信頼度で32~51%)が、バレンツ・カラ海の海氷減少によって励起されたWACEパターンによって説明されることが明らかになりました。
 一方で大気モデルのアンサンブル平均場(図4d)は、シベリア高気圧の強化も寒冷化のシグナルも再現しません。これは同様の解析を行った先行研究と合致した結果で、このことが「近年の寒冷化は海氷減少による応答ではない」という主張の大きな論拠になっていました。しかし、これは上述の観測データを元にした評価(寒冷化の44%が海氷起源)と矛盾します。そこで、モデルバイアスを補正した上で変化傾向を求め直したところ、観測された変化傾向と良く似た応答が検出されました(図4e)。この結果は、海氷減少が寒冷化の要因であることを裏付けると同時に、大気モデルのバイアスが観測とモデル間で評価が異なることの原因になっていることを意味します。

【研究の意義】
 本研究の意義の第一は、海氷減少の影響を大気モデルが過小評価することを初めて明らかにした点にあります。このモデルバイアスが研究間で結論が異なる根本的要因と考えられ、論争に終止符を打ち、議論を前進させるのに貢献すると期待されます。またこの結果は、気候変化のメカニズム理解に貢献するだけでなく、我が国を含めた地域的な季節予測や将来の気候予測の精度を高める上でも非常に重要で、社会的にも大きな意義があります。
 また第二は、ユーラシア中緯度域の寒冷化に果たす海氷減少の影響を初めて定量化し、それが無視できない大きさであることを示した点です。
 本研究は、北極域で進行中の急激な気候変動の影響が既に顕在化していることを明らかにし、今後の推移を精度良く予測するためには、モデルバイアスの原因の特定・改善が急務であることを明確に示しました。

【今後の展望】
 海氷変動がWACEパターンを励起するメカニズムの理解はまだ十分とは言えません。また、大気モデルで海氷変動の影響が過小評価される理由も明らかではありません。世界各国で開発された最新の大気モデルを同一の実験設定で駆動し、海氷変動の影響の違いを調べる国際的な相互比較プログラムが進行中です。このような取り組みを通じて、今後これらの点が明らかになることが期待されます。

本研究は、文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」、文部科学省「ArCS 北極域研究推進プロジェクト」、ならびに科学技術振興機構「ベルモント・フォーラムCRA InterDec」の補助を受けて行われました。

5.発表雑誌:

雑誌名:Nature Climate Change
論文タイトル:A reconciled estimate of the influence of Arctic sea-ice loss on recent Eurasian cooling
著者:Masato Mori, Yu Kosaka, Masahiro Watanabe, Hisashi Nakamura & Masahide Kimoto
DOI番号:10.1038/s41558-018-0379-3
アブストラクトURL:
https://dx.doi.org/10.1038/s41558-018-0379-3別ウィンドウで開く

6.問い合わせ先:

東京大学 先端科学技術研究センター 気候変動科学分野
助教 森 正人(もり まさと)

7.用語解説

注1: 大気モデル
大気大循環モデルの略称。地球大気の運動方程式や熱力学方程式などから成る、大規模な数値プログラム。海面水温や海氷の観測データ、温室効果ガスなどの濃度はモデルに入力され、それらの外部条件下での大気の運動を計算します。

注2: アンサンブルシミュレーション
同一の条件下で異なる初期状態から始めたシミュレーションの集合をアンサンブルと呼び、その中の個々の計算をメンバーと呼びます。初期値が違えばメンバー間で大気の内部変動の現れ方が変わるため、たとえ同じ境界条件下(例えば海面水温や海氷の状態)でも互いに異なる大気場が計算として得られます。なお、観測された大気場は“その時の条件下で生じ得た場のうちのある一つの実現”と見做すことができ、各メンバーは“同じ条件下で実現し得た場”と考えます。従って十分なメンバー数があれば、全メンバーを平均した場(アンサンブル平均場)は大気の内部変動の寄与が相殺され、大気の外部変動(注4)を表すと解釈されます。逆に、各々のメンバーのうちアンサンブル平均からずれた成分(アンサンブルスプレッド)は内部変動を表すと解釈されます。

注3: バレンツ海とカラ海
バレンツ海とカラ海の位置を、以下の地図中に示します。

バレンツ海、カラ海の位置

注4: 大気の応答(外部変動)と大気の内部変動
この研究では、大気内部で自励的に生じる変動を「大気の内部変動」、海面水温や海氷変動によって駆動・強制される大気変動を「大気の外部変動」と呼びます。後者は単に「応答」と呼ばれることもあります。これらの用語は一般的に文脈(何を内と外と思うか)によって指すものが変わるので注意が必要です。

注5: MIROC4大気モデル
東京大学大気海洋研究所、国立環境研究所、海洋研究開発機構を中心に共同開発している高解像度の全球気候モデルの名称。本研究では、MIROC4の大気に関する部分(大気大循環モデル)を用いています。

注6: 特異値分解解析
多変量解析の手法の1つで、気象学ではSVD解析・MCA解析とも呼ばれます。2つ変量の時空間データから、2つの変量の共分散の2乗和が最大になる変動を抽出します。それは2変量間で最も似た時空間変動を表し、それぞれの変量について変動の空間パターンと、パターンの振幅の時間変動を表す展開係数が得られます。

注7: S/N比(信号対雑音比)
気象力学の分野では一般的に「全分散(シグナル+ノイズ)に対するアンサンブル平均の分散(シグナル)の割合」を指しますが、この研究では、地表気温の「全分散に対する海氷駆動の分散の割合」を指します。

注8: 北極振動
北半球環状モードとも呼ばれます。北極域とそれを取り囲む中緯度域で気圧がシーソーのように変動する現象。北極振動が正(負)の位相の時は、北極で気圧が平年よりも低く(高く)なり、逆に中緯度域では気圧が高く(低く)なります。これに伴い、偏西風が平年よりも強く(弱く)なることから、極の冷たい空気が中緯度域へ流れ込みにくく(流れ込みやすく)なり、中緯度域で気温が平年よりも高く(低く)なります。

8.添付資料:

図1

図1:観測された冬(12-2月)平均場の1980-2014年における長期変化傾向(線形トレンド)の分布。(a)地表気温(℃)、(b)地表気圧(hPa:ヘクトパスカル)、ならびに(c)海氷密接度(%)。10年あたりの変化量を示しています。a-bで点描は90%水準で統計的に有意な領域を表します。cでは95%水準で統計的に有意な領域のみ図示しています。(a)の図中の黒枠で囲まれた領域は本文中で「ユーラシア大陸中央部」と参照される領域を、また(c)の図中の黒枠で囲まれた領域は、本文中で「バレンツ・カラ海」と参照される領域を表しています。

a:地球温暖化による昇温は全球的に一様ではなく、その程度には地域差があります。北極域における地表気温の温暖化が世界中で最も顕著で、「北極温暖化増幅現象」と呼ばれています。それとは対照的に、ユーラシア大陸中央部では寒冷化の様相を示しています。
b:この寒冷化シグナルはシベリア高気圧の長期的な強まりを伴っており、極域の寒気を中緯度域へもたらす役割を担っています。
c:このシベリア高気圧の強まりはバレンツ・カラ海の海氷減少によるものと考えられますが、そのメカニズムは諸説あります。海氷面積の縮小は海面から大気への熱流入を増加させ、「北極温暖化増幅現象」の主要因になっています(a)。

図2

図2:特異値分解解析によって得られた、最も主要な外部変動モード(WACEパターン)の地表気温偏差(色)と地表気圧偏差(等値線:0.5hPa間隔、破線は負値)。(a)観測、(b)大気モデル。ハッチは95%水準で統計的に有意な領域を表します。(c)WACEパターンの展開係数(赤線、黒線)とバレンツ・カラ海で平均された海氷密接度偏差(青線;dの黒枠内で平均)。海氷密接度偏差の軸が逆転していることに注意して下さい。展開係数はWACEパターンの強さと極性の年々の推移を表します。なお、極性が正ならユーラシアが寒冬、負なら暖冬の傾向を意味します。(d)展開係数のアンサンブル平均に回帰された海氷密接度偏差。95%水準で統計的に有意な領域のみ図示。外部変動としてのWACEパターンの強制源と解釈されます。

WACEパターンはバレンツ・カラ海の海氷密接度偏差(c 青線)の推移と密接に連動しており、WACEパターンの展開係数との相関係数は、観測(c 赤線)で−0.79、モデルのアンサンブル平均(c 黒線)で−0.95となる。

図3

図3:WACEパターンに伴う地表気温変動の(a)分散と(b)分散比(全分散に対するWACEの分散の割合)を示します(オレンジ+青色)。北緯20-90度、東経0-180度の領域で、観測データと各モデルについて個別に計算されています。括弧の中の数字は使用したアンサンブルメンバー数を示し、aの縦軸は観測データの分散でスケールされています。赤線はアンサンブル平均応答によって説明される分散 (a) ならびに分散比(b)。そのうち、海氷変動によって説明される成分を青棒で示し、“箱ひげ図”はアンサンブルメンバーの幅を表します。

図4

図4:最近20年間(1995-2014年)の線形トレンド(変化傾向)。地表気温(色)ならびに地表気圧(等値線:a-cは1hPa間隔、d-eは0.5hPa間隔、破線は負値)。(a)観測、(b)観測のうちWACE以外、ならびに(c)WACEによって説明される部分。(d)大気モデルのアンサンブル平均と、(e)それを補正したもの。いずれも10年あたりの変化量を示しています。ハッチは95%水準で統計的に有意な領域を、図中の赤枠で囲まれた領域は本文中で「ユーラシア大陸中央部」と参照される領域を表します。

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