1. ホーム
  2. ニュース
  3. プレスリリース
  4. 光合成水分解反応初期に利用される水素イオン移動経路を解明  ~これまでの定説を覆す結果に~

光合成水分解反応初期に利用される水素イオン移動経路を解明 
~これまでの定説を覆す結果に~

  • プレスリリース

2015年10月7日

1.発表者:
石北 央(東京大学先端科学技術研究センター 理論化学 教授)
斉藤圭亮(東京大学先端科学技術研究センター 理論化学 講師)
2.発表のポイント:
◆ 高等植物や藻類で行われる光合成の水分解・酸素発生反応において、第1段階である水素イオン放出反応機構を解明しました。
◆ 光合成の水分解・酸素発生反応において、今までの提唱とは異なる部位から水素イオン放出が起こりやすいことを証明しました。
◆ 水分解反応機構が解明されることにより、人工光合成による再生可能エネルギー創出への大きな寄与が期待されます。
3.発表概要:

光合成では、Photoystem II (PSII)蛋白質(注1)の中で、太陽エネルギーを利用して水が酸素に分解されます。その際、歪んだ椅子の形をしたPSIIの触媒部位 Mn4CaO5錯体(図1、注2)において、副産物として水素イオン(H+:プロトン)を放出する水分解反応が4段階で起こり、第1段階では1つの水素イオンが放出されます(図2)。水素イオンを放出するには、通り道である水素イオン移動経路が必要です。しかしながらこれまで提唱されていた第1段階反応での水素イオン放出サイト(椅子の背もたれの根元部分にあるO5、図1)と、水素イオン移動経路との位置関係は、X線による結晶構造解析の結果とは矛盾しており、水分解反応のしくみは解明されていませんでした。

東京大学先端科学技術研究センターの石北央教授と斉藤圭亮講師らの研究グループは、量子化学計算手法を用いることで、第1段階では、錯体内のO4(椅子の背もたれの先端;図1)と呼ばれる部位から水素イオンが放出され、近くにある水素イオン移動経路を通過し、蛋白質外に除去されることを明らかにしました(図3)。

今後、第2段階以降の水分解反応の機構解明が大きく加速し、人工光合成(注3)の開発や藻類を利用したバイオエネルギーの生産性の向上にもつながることが期待されます。

本研究成果は国際科学誌Nature Communicationsに2015年10月7日付オンライン版で発表されます。

4.発表内容:
<研究の背景>

高等植物や藻類の光合成では、PSII蛋白質で太陽エネルギーを利用して水を酸素と水素イオンに分解する水分解反応が起こります。現在この水分解反応を人工的に行うことで、再生可能エネルギーを太陽光から作り出そうとする試みが着目されていますが、これを現実のものとするためには、水分解反応の分子機構の解明が不可欠です。

水分解と酸素の発生には反応式「2H2O (水) → O2 (酸素) + 4H+ (水素イオン) + 4e (電子)」で表されるように、4つの水素イオンと4つの電子を水から引き抜く必要があり、実際には4段階の過程(Kokサイクル;注4)を経て進みます(図2)。水分解のしくみを理解するためには、この4段階の過程それぞれの反応をひとつずつ明らかにすることが必要ですが、その第1段階ですら詳細が分かっていませんでした。

水分解反応はPSII蛋白質に存在するMn4CaO5錯体で起こりますが、反応機構の解明には、まず、分解される水分子の同定が必要です。分解される水分子(あるいはその近傍)からの水素イオン放出により酸素は発生し、水素イオンは「水素イオン放出サイト」と呼ばれる部分から放出されます。中でも放出サイト4つのうち水素イオンが最も容易に放出される「第1段階反応での水素イオン放出サイト」の同定が重要となります。これまで提唱されていた第1段階反応での水素イオン放出サイトは、Mn4CaO5錯体内のO5(図1)と呼ばれる酸素原子でした。O5は、他のO(酸素原子)に比べとりわけ多くの金属に取り囲まれており、錯体内で要(かなめ)の位置に存在するため、酸素発生時に分解される水分子H2Oの候補とも考えられてきました。

通常、Mn4CaO5のように蛋白質内部に埋め込まれた部位からの水素イオンの解離は、水素結合(注5)を介して接続された水素イオン移動経路を経由して起こります。結晶構造解析の結果では、O5には水素結合する相手が存在しておらず、そのため水素イオン放出は起こりにくいと考えらます。しかし、結晶構造解析では観測されなかった水分子の存在をO5の近くに仮定して計算を行ったある理論研究により、本来水素イオン放出が起こりにくいはずのO5が水素イオン放出サイトとみなされてきました。

 
<研究内容>

PSII蛋白質の詳細な立体構造は、2011年に日本の研究グループがX線による結晶構造解析により明らかにしました。しかし、X線では水素原子・水素イオン(H+)を直接観測することができません。また、他の多くの実験手法でも、あくまでモデルを仮定した上で議論をしており、直接的に水素イオンを解析しているわけではありません。その中で理論化学計算はすべての水素原子を考慮に入れているため、直接的に水素イオン移動にアプローチできる数少ない手法の一つです。

本研究グループは、量子化学計算手法「QM/MM法」(注6)を利用してMn4CaO5錯体に対し、理論化学計算を行いました。Mn4CaO5内にはO5とは別にO4と呼ばれる別の酸素原子があり(図1)、複数の水分子が一列につながった「水分子の鎖」が直接水素結合をしています(図3)。理論化学計算の結果、これまで放出サイトと考えられてきたO5ではなく、O4が、近接している「水分子の鎖」を通じて、水素イオンを容易に放出できることを発見しました(図4)。この「水分子の鎖」は、日本の研究グループにより近年明らかにされていた全てのX線結晶構造解析結果においてその存在が確かめられており、O4を水素イオン放出サイトとする結果は、結晶構造解析の結果と矛盾しませんでした。また、X線による結晶構造解析の結果を大幅に修正しないかぎり、O5近傍に水分子の存在を仮定することは分子化学的に無理があることも示しました。さらに、今回明らかになった第1段階反応によって、(1)重水置換効果(注7)の影響を受けにくい、(2)活性化エネルギーがとりわけ低い、(3)光の照射がなくても水素イオン移動が起こる、等の実験事実を矛盾なく説明することができました。

 
<社会的意義・今後の予定>

本研究成果により、水分解反応機構の第1段階に関して実験事実を矛盾なく理論で説明することがはじめて可能になりました。今後、第2段階以降の水分解反応の機構解明も大きく進展することが期待されます。水分解機構の解明は、人工光合成の開発や、藻類を利用したバイオエネルギーの生産の土台として、エネルギー問題の解決への糸口になると期待されています。

なお、本研究は、科学研究費助成事業 新学術領域「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換」「3D活性サイト科学」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「藻類バイオエネルギー領域」の一環として行われました。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Nature Communications」
論文タイトル:Energetics of proton release on the first oxidation step in the water oxidizing enzyme
著者:Keisuke Saito, A. William Rutherford, and Hiroshi Ishikita*
DOI番号:10.1038/ncomms9488
6.問い合わせ先:
東京大学先端科学技術研究センター 教授 石北 央
7.用語解説:

(注1)Photosystem II(PSII)
植物の葉緑体に含まれる膜蛋白質。光のエネルギーを利用して水を分解し、酸素と水素イオンを発生する。

(注2)Mn4CaO5錯体
PSIIにおいて水分解反応を触媒する部位。図1に示すように「歪んだ椅子」型構造をとる。錯体とは複数の分子や原子の集合体のことで、しばしば金属を含み化学反応を触媒する機能を有する。

(注3)人工光合成
光エネルギーを利用し、貯蔵可能な物質の生産を行う技術および触媒のこと。光エネルギーを「電流」ではなく「物質」に変換する点が、太陽電池と異なる。

(注4)Kok サイクル
光合成で水分解反応を起こすための4段階の循環過程のこと。PSIIに光を1回照射すると、水分子から電子を1個引き抜くことができる。水分解の反応式「2H2O(水)→O2(酸素)+4H+(プロトン)+4e(電子)」より、水分解を行うためには水から電子を計4回引き抜く必要がある。光を当てる毎にMn4CaO5の状態(S)はS0→S1, S1→S2, …と上昇後、再びS0に戻る(図2)。なお、ここで引き抜かれた電子は最終的にデンプンなどの生成に使われる。

(注5)水素結合
水素原子を介した酸素原子・窒素原子等の結合のこと。蛋白質・DNA立体構造の維持、酵素の触媒反応推進等に重要である。名前は水素原子を介して結合していることに由来する。

(注6)QM/MM 法
Quantum Mechanics/ Molecular Mechanics法の略。計算精度を持ち合わせた量子力学計算(QM)と計算速度を持ち合わせた分子力学計算(MM)を組み合わせることで、巨大分子を実用的な精度・速度で計算することができる。2013年ノーベル化学賞受賞者A. Warshel教授、M. Levitt教授らにより開発された。

(注7)重水置換効果
水素原子を通常より重い同位体水素原子に変えた(重水置換)時に生じる変化のこと。重水置換は水素イオンの移動速度に大きな影響を及ぼすため、水素イオン移動を調べる指標としてよく用いられる。

8.添付資料:
図1

【図1 Mn4CaO5錯体の歪んだ椅子型構造。酸素原子「O5」は椅子の背もたれの根元に、「O4」は背もたれの先端にある。これまで、水素イオンの放出は「O5」で起こると考えられていたが、「O4」で起こることが分かった。

図2
図2  水分解反応の4段階の過程(Kokサイクル)。水分解を行うためには水から電子を計4回引き抜く必要がある。光を当てる毎にMn4CaO5の状態(S)はS0→S1, S1→S2, …と上昇し、4回目にS4まで達した後に水分解を完了し元に戻る。
図3
図3 Mn4CaO5錯体の部位O4の近くにある「水分子の鎖」。赤い球は水分子の酸素原子を表す。
図4
図4 O4からの水素イオン(H+)移動メカニズム:水分子の鎖の水素結合パターン変化で説明できる。

関連タグ

ページの先頭へ戻る