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ヒトの全タンパク質分子ネットワークの解明を可能にする新技術を開発

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2016年4月25日

1. 発表者:

谷内江 望 東京大学先端科学技術研究センター 合成生物学分野 准教授

2. 発表のポイント:

◆ 細胞内のタンパク質分子ネットワークを大規模かつ高速に一斉同定できる「BFG-Y2H法」を開発した。
◆ 細胞に加えられた複数の改変毎に「DNAバーコード」を付加、連結してDNAシークエンサーで高速に解析できる「バーコード・フュージョン法」を開発し、タンパク質分子ネットワーク同定に応用した。
◆  本手法によって薬剤や外部因子が細胞内システム構造全体に与える影響を高速に評価する応用研究につながることが期待される。

3. 発表概要:

癌をはじめとする多くの疾患は、単一の遺伝子や細胞内の単純な回路の損傷ではなく、複雑な細胞内ネットワーク動態が関わっていることが明らかになってきています。しかしさまざまな条件下における複雑な細胞内タンパク質ネットワークを高速に同定できる技術はこれまでありませんでした。
東京大学先端科学技術研究センターの谷内江望准教授はカナダ・トロント大学、マウントシナイ病院、米国・ハーバード大学の研究チームらとの国際共同研究により、生体内のタンパク質ネットワークを大量に同定できる「BFG-Y2H法」を開発しました。これまでタンパク質間の直接相互作用を計測する手法には1対1で相互作用の有無を調べる方法や、1対多で任意のタンパク質に結合するタンパク質群を一斉に同定する手法がありましたが、多数のタンパク質同士の相互作用を一斉に解析する手法はありませんでした。
これまで細胞内タンパク質分子ネットワーク同定は専門機器や多くの人的リソースを必要とする作業でしたが、BFG-Y2H法により一般的な分子生物学の研究室で最低でも250万のタンパク質ペアが評価できることが実証されました。
本手法は未だ成し遂げられていないヒトの全タンパク質分子ネットワーク同定への利用とともに、薬剤や外部因子が細胞内システム構造全体に与える影響を高速に評価する応用研究につながることが期待されます。

本研究成果は、「Molecular Systems Biology」のオンライン版に掲載されました。

4.発表内容:

【研究の背景】
DNAを高速に解読できる次世代DNAシークエンシング技術はパーソナルゲノム情報(個人の遺伝情報)の解析を可能にしただけでなく、A、C、G、Tの4文字からなるDNAの塩基配列を人工合成し、「DNAバーコード」として扱うという考え方によってさまざまな細胞を高速に評価できるようにしました。例えば、多数の異なる細胞の増殖率をある薬剤を加えた環境において評価したい場合、それぞれDNAバーコードで標識した細胞株を全て1つに混合し、薬剤を加えて増殖させた後、細胞集団のDNAバーコード数を次世代DNAシークエンシングで数え上げることが可能になりました(図1)。一方でこの方法論はそれぞれ2つ以上の改変が加えられた細胞集団を取り扱うには限界がありました。例えばヒトの遺伝子は約20,000ありますが、ヒトの遺伝子2つの全てが破壊された培養細胞は約400,000,000種類となりこれらの影響を測定するためにそれぞれの組み合わせにDNAバーコードを準備することは現実的ではありません。また、ヒトの細胞内タンパク質の相互作用情報においても「結合する・しない」の情報を約400,000,000ペアについて評価する必要があり、ヒトの全てのタンパク質間ネットワーク地図を作成する試みのためにも世界的に10年に及ぶ研究が続けられています。

【研究内容】
東京大学先端科学技術研究センターの谷内江望准教授はカナダ・トロント大学、マウントシナイ病院、米国・ハーバード大学の研究チームらとの国際共同研究で、DNA組換え反応によって1細胞内それぞれで異なる2種類のDNAバーコードを連結させ、複雑な改変が加えられた細胞集団を次世代DNAシークエンシング技術で一斉に解析する「バーコード・フュージョン法」(Barcode Fusion Genetics, BFG)を開発しました(図2)。さらに、これをタンパク質の相互作用をスクリーニングする酵母ツーハイブリッド(Y2H)法(注1)に応用した「BFG-Y2H法」(図3)を開発し、最低でもヒトの2,500,000 のタンパク質ペアについて数週間で一人の研究者が高品質のタンパク質ネットワーク情報を得られることを実証しました(図4)。また本手法から得られるタンパク質ネットワーク情報は既知のタンパク質相互作用情報をよく再捕捉し、既存のY2H法から得られる情報とも同程度の品質を保つことも示しました。それぞれのタンパク質ペアについてBFG-Y2H法から得られるタンパク質間相互作用スコアはヒトの培養細胞を用いたタンパク質相互作用同定法であるルシフェラーゼ再構成法(注2)の結果や立体構造におけるタンパク質間の相互作用面の大きさと有意な相関があることが示されました。さらに本技術を用いて腫瘍ウィルスがターゲットとするヒトタンパク質やがん関連タンパク質の間で形成されるタンパク質ネットワークを同定した結果、腫瘍ウィルスがヒト細胞内で複合体を形成するタンパク質群を一斉にターゲットとする可能性が示唆されました。

【展望】
ヒトの全タンパク質間ネットワーク地図を作成する試みには10年の歴史があります。谷内江准教授の研究室では今後、細胞内ネットワークをこれまでにない規模で高速かつ簡便に評価できる本手法を、ヒトの培養細胞を用いてタンパク質相互作用を同定する手法と組み合わせて薬剤や外部因子が細胞内システム構造全体に与える影響を高速に評価する応用研究開発を目指します。

5. 発表雑誌:

雑誌名:Molecular Systems Biology, Vol 12, Number 4
論文タイトル:Pooled-matrix protein interaction screens using Barcode Fusion Genetics
著者:Nozomu Yachie (*), Evangelia Petsalaki, Joseph C. Mellor, Jochen Weile, Yves Jacob, Marta Verby, Sedide B. Ozturk, Siyang Li, Atina G. Cote, Roberto Mosca, Jennifer J. Knapp, Minjeong Ko, Analyn Yu, Marinella Gebbia, Nidhi Sahni, Song Yi, Tanya Tyagi, Dayag Sheykhkarimli, Jonathan F. Roth, Cassandra Wong, Louai Musa, Jamie Snider, Yi-Chun Liu, Haiyuan Yu, Pascal Braun, Igor Stagljar, Tong Hao, Michael A. Calderwood, Laurence Pelletier, Patrick Aloy, David E. Hill, Marc Vidal & Frederick P. Roth (*)
DOI番号:10.15252/msb.20156660
アブストラクトURL:https://msb.embopress.org/lookup/doi/10.15252/msb.20156660別ウィンドウで開く

6. 用語解説:

(注1)酵母ツーハイブリッド(Y2H)法
酵母細胞を利用して任意のタンパク質XとY一対間の相互作用を測定するための技術である。Y2H法はタンパク質XとYの相互作用を介した転写因子の細胞内再構築に基づいており、試験されるタンパク質XとYはそれぞれ、ある条件下で生存に必須な遺伝子(選択マーカー遺伝子)を発現できる転写因子のDNA結合ドメインDBと転写活性ドメインADと融合される(DB-Xタンパク質及びAD-Yタンパク質)。DB-X及びAD-Yタンパク質を発現するベクターはそれぞれ異なる性の酵母一倍体細胞に導入され、それらの接合によって二倍体細胞に一組として導入される。XとYの間に結合があれば転写因子が再構成され、選択マーカー遺伝子が発現されるため、選択的条件下における酵母細胞の生育によってXとY間の相互作用が評価される。

(注2)ルシフェラーゼ再構成法
ヒトの培養細胞内で任意のタンパク質XとY一対間の相互作用を測定するための技術である。ある基質を触媒して発光体に変化させるルシフェラーゼと呼ばれる酵素を二つに分断して、それぞれにタンパク質XとYを融合させヒトの培養細胞内で発現させる。XとYの間に結合があればルシフェラーゼが再構成され、細胞が基質を発光させる。

7. 添付資料:
図1

図1 DNAバーコードによるさまざまなスクリーニングの高速化
異なる種類の細胞株に標識用のDNAバーコードを導入し、DNAバーコード化された細胞群を全て混合した細胞プールを作る。細胞プール内におけるそれぞれの異なる細胞株の増減は次世代DNAシークエンシングによってDNAバーコードの数を計測することによって評価できる。

図2

図2 バーコード・フュージョン法の概念
バーコード・フュージョン法では細胞に加える二つ以上の改変それぞれに対応するDNAバーコードを用いる。高効率のDNA組替え酵素によって異なるDNAバーコードを連結させ、連結領域を次世代DNAシークエンシングで解析することで複数の改変の組合せが細胞に与える影響を一斉に解析できる。

図3

図3 BFG-Y2H法
バーコード化されたY2H法用のDB-X株群及びAD-Y株群を準備し、全てを混合してプール化する。Y2H選択的環境下に移し、タンパク質間相互作用をもつY2H陽性細胞を一斉にスクリーニングする。1細胞内でXおよびY特異的なバーコードが連結される。細胞プールの破砕、DNAの精製後、連結された二つのバーコード領域を次世代DNAシークエンシングによって解析し相互作用をもつタンパク質の組合せを一斉に同定する。

図4

図4 BFG-Y2H法によって同定されたさまざまなタンパク質ネットワーク

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