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尿への食塩排泄量を調節するPendrinにより 治療に抵抗性の高血圧が起こる仕組みを解明

  • プレスリリース

2020年2月8日

1.発表者

藤田 敏郎(東京大学名誉教授/東京大学先端科学技術研究センター フェロー)
鮎澤 信宏(東京大学先端科学技術研究センター 臨床エピジェネティクス寄付研究部門 特任研究員)

2.発表のポイント

  • Pendrin(注1)は腎臓において尿への食塩の排泄量を調節する分子の一つで、活性化すると尿への食塩排泄が十分に行えなくなり高血圧発症につながります。
  • Pendrinがホルモン受容体の一つであるミネラロコルチコイド受容体(MR)により活性化される仕組みと、この仕組みが利尿薬による治療に抵抗性の高血圧の形成に関わることを明らかにしました。
  • 本研究成果はMRの働きを抑えるMR拮抗薬が利尿薬による治療に抵抗性の高血圧において効果的な治療薬になることが示唆するものです。

3.発表概要

高血圧は罹患率の高い疾患で、心血管疾患の重大なリスクです。食塩の摂取過剰・体内貯留は高血圧の発症に関係するため、尿への食塩排泄を担う腎臓は高血圧の発症において重要です。腎臓において濾過された尿は尿細管を通過する途中に食塩が再吸収されて最終的な食塩排泄量が調節されるため、食塩の再吸収を抑えて食塩排泄を促す利尿薬は高血圧治療薬になります。実際、利尿薬の一種であるサイアザイド系利尿薬は大規模臨床試験において優れた降圧作用と心血管疾患・死亡リスクの低減効果が示されています。しかし、適切な用量で一定期間治療しても十分に血圧が下がらない治療抵抗性の高血圧が見られることが問題でした。

東京大学先端科学技術研究センター臨床エピジェネティクス寄付研究部門の藤田敏郎フェローと鮎澤信宏特任研究員らの研究グループは、腎尿細管の食塩再吸収を調節する新規の因子として注目されているPendrinが、生体の体液バランスに関与するホルモン受容体であるミネラロコルチコイド受容体(MR)により制御される仕組みを見出し、この仕組みがサイアザイド系利尿薬による治療に抵抗性の高血圧の形成に関与することを明らかにしました。本研究成果は、MRを抑えるMR拮抗薬がサイアザイド利尿薬抵抗性の高血圧の治療において有用な治療戦略となることを示唆するものです。また、今回見出されたPendrinの制御の仕組みのさらなる解明により新たな治療標的の発見も期待されます。

4.発表内容

研究の背景

高血圧は世界中で多く見られる疾患で、日本においても約4000万人が罹患すると言われています。これまで複数の降圧薬が開発されてきましたが、今なお効果が不十分な症例も少なくなく、動脈硬化および心血管疾患の重大なリスクとなることが知られます。
高血圧の発症には食塩(NaCl)が関与しますが、体内のNaClの排泄は主に腎臓の尿細管により調節されるため、腎臓は高血圧発症に深く関与します。特に最終的な調節部位である遠位側の尿細管は重要で、この部位のNaCl再吸収機構の亢進は高血圧発症に直結するため、その阻害薬である利尿薬は降圧薬として利用されています。実際、遠位曲尿細管(図1)に発現するNaCl輸送体であるNCC(注2)を阻害するサイアザイド系利尿薬は優れた降圧・予後改善効果を有し、高血圧治療の第一選択薬の一つとなっています。しかし、利尿薬治療中に一部の患者では昇圧ホルモンであるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)(注3)の亢進を伴って治療抵抗性となることや、副作用として低カリウム血症や代謝性アルカローシスが見られることが問題でした。

最近、接続尿細管および皮質集合管の間在細胞(図1、注4)に発現するPendrinがNaCl調節に関わる新しい因子であることが判明しました。PendrinはアンジオテンシンII(AII)やアルドステロン投与時に活性化し、その制御にはアルドステロン受容体であるミネラロコルチコイド受容体(MR)が関わることが示唆されていました。しかしMRを介したPendrin制御の詳細なメカニズムや、それがどのように高血圧発症に関与するのかは不明でした。

研究内容

この点を解明するため、遺伝子改変技術を用いて間在細胞のMRを欠損するマウスを作成して解析を行いました。野生型マウスにアンジオテンシンIIの持続注入や食塩摂取制限(内因性アンジオテンシンIIの増加刺激)を行うとPendrinとNCCが共に上方制御されましたが、間在細胞MR欠損マウスではPendrinの上方制御が抑制されました。また、野生型では食塩制限下にサイアザイド系利尿薬を投与するとNCCの抑制を代償してPendrinがさらに活性化され血圧は維持されましたが、間在細胞MR欠損マウスではPendrin上方制御が抑制され高度の血圧低下が見られました。以上からアンジオテンシンII刺激時には間在細胞のMRを介してPendrin上方制御が起き、この機構がNCC抑制時に代償的に活性化され、その結果血圧が維持されることが分かりました。

一方、野生型マウスに高食塩食・アルドステロン投与を行うと、低カリウム血症や代謝性アルカローシス(注5)とともにPendrinとNCCが活性化され、高血圧を示しました。しかし、アルドステロンによるPendrin活性化や高血圧は間在細胞MR欠損マウスにおいても抑制されず、Pendrin活性化が間在細胞のMRの有無に関係なく生じたことから、アンジテンシンII刺激時とは異なる経路の存在が考えられました。他方、主細胞(注6)のMRとその標的であるENaC(注7)の阻害や、高カリウム食投与により低カリウム血症とアルカローシスを補正するとPendrinの活性化が有意に抑制されたことから、アルドステロン投与時には主細胞のMRを介したENaCの活性化により引き起こされた低カリウム血症およびアルカローシスがPendrinの活性化を起こすことが分かりました。さらに、炭酸脱水素酵素阻害薬(注8)の投与によりアルカローシスのみを補正した場合もPendrin活性化が抑制されたことから、アルドステロン投与時にはアルカローシスがPendrin活性化を起こしていることが示されました。最後に、NCC欠損マウスに高食塩食・アルドステロン投与を行ったところ、低カリウム血症・アルカローシスとともにPendrinの活性化が起き、その結果高血圧が持続して見られたことから、アルドステロン過剰状態ではPendrin制御機構がNCCと協調して高血圧の発症維持に働いていることが示唆されました。実際、この実験系においてアルカローシスを補正したところPendrin抑制とともに降圧が得られました。

社会的意義

本研究の成果により、サイアザイド系利尿薬投与時に見られるRAAS系の亢進や、これまでに単に副作用として考えられていた低カリウム血症・代謝性アルカローシスが、Pendrinを活性化して高血圧を生じていることが示唆されました(図2)。これら2経路はMR拮抗薬の投与により遮断できるため、利尿薬治療抵抗性の高血圧の治療においてMR拮抗薬が新たな治療戦略となる可能性を提案するものです。更に、現在開発中のPendrin阻害薬は新規の降圧利尿薬となり得ると考えられます。また、アンジオテンシンIIによるMR活性化機構や、アルカローシスによるPendrin制御の仕組みなどについても研究が進みつつあり、新たな治療標的の発見が期待されます。

5.発表雑誌

雑誌名:
Journal of American Society of Nephrology

論文タイトル:
Two Mineralocorticoid-Receptor-Mediated Mechanisms of Pendrin Activation in Distal Nephrons

著者:
Nobuhiro Ayuzawa, Mitsuhiro Nishimoto, Kohei Ueda, Daigoro Hirohama, Wakako Kawarazaki, Tatsuo Shimosawa, Takeshi Marumo, and Toshiro Fujita*

6.問い合わせ先 

東京大学先端科学技術研究センター 臨床エピジェネティクス寄付研究部門 
フェロー 藤田 敏郎(ふじた としろう)
特任研究員 鮎澤 信宏(あゆざわ のぶひろ)

7.用語解説

(注1)Pendrin:内耳や甲状腺、腎臓などに発現するCl/HCO3交換輸送体。当初は先天性感音性難聴と甲状腺腫を併発するPendred症候群の原因遺伝子として発見された。近年、腎臓の接続尿細管と皮質集合管の間在細胞に発現し、同部位におけるNaCl再吸収に関わることが分かった。

(注2)NCC (sodium chloride cotransporter):遠位曲尿細管細胞に発現しNaCl再吸収を行う輸送体。

(注3)レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS):生体の体液バランスに関わるホルモン系。生理的には体液量減少時に腎臓の傍糸球体装置からレニン分泌され、レニンが血中のアンジオテンシノゲンをアンジオテンシンIに変換し、さらにアンジオテンシン変換酵素がアンジオテンシンIをアンジオテンシンIIに変換し、増加したアンジオテンシンIIは副腎に作用しアルドステロンの分泌を促す。昇圧ホルモン系として働き、高血圧の一部ではRAASが活性化することが知られる。

(注4)間在細胞:接続尿細管および集合管を構成する細胞の一種で、古典的には酸塩基調節に関わることが知られていたが、最近の食塩再吸収にも関与することが判明した。

(注5)アルカローシス:血液の酸塩基平衡は中性(pH 7.4)になるように調節されている。平衡を塩基性側に向ける状態をアルカローシスといい、反対に酸性側に向ける状態をアシドーシスという。呼吸性および代謝性に起こるものがある。

(注6)主細胞:間在細胞とともに接続尿細管および集合管を構成する細胞で、古典的なアルドステロンの作用標的として知られる。

(注7)ENaC (epithelial sodium channel):主細胞に発現し、Na再吸収を行うイオンチャネル。アルドステロンによるMR活性化によりENaCが活性化されると、Na再吸収により尿細管腔内が陰性荷電となる電位勾配を生じカリウムや酸の排泄を促す。このためアルドステロン過剰時にはENaC活性化を介して低カリウム血症と代謝性アルカローシスが起こる。

(注8)炭酸脱水素酵素阻害薬:炭酸脱水素酵素は二酸化炭素と水を炭酸水素イオンと水素イオンとに変換する酵素で、生体に炭酸脱水素酵素の阻害薬を投与すると炭酸水素イオンが産生されなくなるため代謝性アシドーシスが起こる。

8.添付資料

上画像 腎臓尿細、管下左画像 遠位曲尿細管、下右画像 皮質集合管

(図1) 腎臓尿細管の遠位側におけるNaCl再吸収機構

二つのMRを介したPendrin活性化機構がサイアザイド抵抗性を形成する

(図2) 二つのMRを介したPendrin活性化機構がサイアザイド抵抗性を形成

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