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1月の北西太平洋の爆弾低気圧が近年急増
―東シナ海上の温暖多湿化が要因―

  • プレスリリース

2021年12月10日

概要

京都大学防災研究所の吉田聡准教授、東京大学先端科学技術研究センターの岡島悟特任助教、中村尚教授らの共同研究グループは、過去55年にわたる北太平洋の爆弾低気圧活動の長期変化について解析を行いました。冬季に急激に発達する「爆弾低気圧」は暴風雪や波浪、高潮による災害をもたらします。北西太平洋域は爆弾低気圧活動が特に活発な地域であり、過去の爆弾低気圧活動の長期変化とその要因の解明は、今後気候が変化してゆく中で爆弾低気圧活動がどうなっていくのかを知る上で重要です。人工衛星観測を用いない長期にわたって均質な全球大気データ(1)を用いて、1958年からの北太平洋の爆弾低気圧活動の長期変化を調査した結果、1980年代後半から北西太平洋上で、1月の爆弾低気圧が急増していることを発見しました。1980年代後半以降、大陸からの季節風に伴う寒気の吹き出しが弱まり、中国南部から東シナ海にかけて対流圏下層の湿潤な前線帯が強化されていました。この前線帯で発生し、日本南岸を通過しながら北西太平洋で急激に発達する低気圧の頻度が増えたことが、爆弾低気圧の急増に繋がっていることを明らかにしました。

本研究成果は、2021年12月10日に米国気象学会の国際学術誌「Journal of Climate」にオンライン掲載されました。

  • 研究結果の概略図
  • 研究結果の概略図:1987年以降の1月の爆弾低気圧経路変化(左上)と黒枠内で発達した爆弾低気圧数の年々変動(左下)、対流圏下層の相当温位変化に重ねた爆弾低気圧急増メカニズムの模式図(右)

1.背景

急激に発達する低気圧、いわゆる「爆弾低気圧」は冬季に暴風雪や波浪、高潮による災害をもたらす要因であると共に、気温の南北差を緩和するよう熱帯から極域への熱輸送の一端を担っています。しかし、低気圧が主に海上で急発達するため、従来は人工衛星観測が始まった1970年代末以降の変化のみが調べられてきました。中緯度北太平洋は、爆弾低気圧を含め、移動性高低気圧の活動が特に活発な領域「ストームトラック」の1つとして知られています。この北太平洋においては、南北気温差が最大となる真冬に高低気圧の活動度が却って弱くなるというユニークな特徴があります。この高低気圧の「真冬の活動低下」が、1980年代後半から不明瞭になっていることが報告されていましたが、その原因については論争が続いています。大気の長期変化を調べるためには全球大気再解析データ(1)を用いますが、ほとんどの再解析データは人工衛星観測が始まった1979年以降のみに限定、もしくはその時期から人工衛星観測を利用しているため、再解析データに現れる爆弾低気圧活動の長期変化が人工衛星観測による影響を見ているだけなのか、実際に起きた変動なのか区別することができませんでした。

2.研究手法・成果

本研究では、爆弾低気圧の活動について従来の研究よりも長期の変化を調べるため、人工衛星観測を使用せず、従来型の地上・高層気象観測のみを用いた全球大気再解析データJRA-55C(2)を用いました。これにより、1958年から2012年まで55年間の爆弾低気圧の長期変化を時間的により均質なデータで解析できました。  その結果、1980年代後半から北西太平洋の爆弾低気圧の数が急増していることがわかりました。特に1月の変化が大きかったため(図1右)、1987年以降の1月と1986年以前の1月とで比較を行いました。1987年以降急増した爆弾低気圧は東シナ海から日本南岸を起源にもつことがわかりました(図1左)。1986年以前に比べ、1987年以降の1月の環境場は、ユーラシア大陸上からの冬の季節風の吹き出しの弱まりに伴って、中国南部から東シナ海から東南アジアにかけて、対流圏下層が温暖湿潤化し、中国南部から東シナ海上にかけて低気圧が発生しやすい湿潤な前線帯が強化されていました(図2)。この前線帯で発生し湿潤な空気を伴った低気圧が、日本南岸から北西太平洋に移動しながら、爆弾低気圧として急発達していました(図1左)。一方、1986年以前はこのような発達をする低気圧は少なく、東シナ海以南の暖湿な気塊を伴った低気圧が降水に伴う潜熱加熱によって急激に発達しやすくなったことが、近年の爆弾低気圧の急増の原因であることが明らかとなりました。そして、この1月の爆弾低気圧の急増が、北太平洋上の移動性高低気圧の「真冬の活動低下」が1980年代後半から弱まったことに大きく関わっていることや、12月や2月は北緯20度以北の大陸の温暖化が顕著で逆に前線帯を弱める働きをしていたことも明らかにしました。

  • 1月の爆弾低気圧が急増した領域(四角内)で急発達した爆弾低気圧の経路頻度の1987年~2021年と1959年~1986年の差(左、回/月)と四角内の1月の爆弾低気圧発生数の年々変化(右、回/月)
  • 図1.1月の爆弾低気圧が急増した領域(四角内)で急発達した爆弾低気圧の経路頻度の1987年~2021年と1959年~1986年の差(左、回/月)と四角内の1月の爆弾低気圧発生数の年々変化(右、回/月)
  • 図2.1月の850hPa面の相当温位(左、K)とその水平勾配(右、K/100km)の1987年~2012年平均と1959年~1986年平均の差。黒太線は統計的に95%有意な領域。コンターは気候値。
  • 図2.1月の850hPa面の相当温位(左、K)とその水平勾配(右、K/100km)の1987年~2012年平均と1959年~1986年平均の差。黒太線は統計的に95%有意な領域。コンターは気候値。

3.波及効果、今後の予定

本研究の成果は、爆弾低気圧の長期変化が、従来指摘されていた対流圏上層のジェット気流の変化のみならず、対流圏下層の温暖湿潤化に伴う低気圧の発達要因の変化によっても引き起こされることを示しました。これは気候の将来予測においても、亜熱帯の暖湿化が爆弾低気圧の発生数の変化に重要であることを示唆するものです。今後は数値気候モデルにて複数の将来予測シナリオに伴う爆弾低気圧の長期変化がどのような要因で起こるかを調査し、防災・減災に関わる爆弾低気圧活動の将来予測の不確実性評価に取り組んでいく予定です。

4.研究プロジェクトについて

本研究は文部科学省統合的気候モデル高度化プログラム・テーマD「統合的ハザード予測」(JPMXD0717935498)、科学研究費補助金新学術研究領域「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」(19H05702)及び、16H01846、18H01278、19H05696、25242038、20H01970、21H01164、文部科学省「北極研究加速プロジェクトArCSII (JPMXD1420318865)」、新潟大学災害・復興科学研究所共同研究(2019-6、2020-3、2021-2)、及び環境研究総合推進費(JPMEERF20192004)の支援を受けて実施しました。

【用語解説】
(1)
全球大気データ、全球大気再解析データ:数値モデルと様々な観測値(全球大気データ)を組み合わせて、地球全体の大気の状態を4次元的に再現したデータ。
(2)
JRA-55C:気象庁が作成した全球大気再解析データJRA-55シリーズのうち、人工衛星観測を用いず、従来の地上・高層観測のみを用いたデータ。1958年から2012年まで観測データの変化の影響が小さく均質なデータとなっていることが特徴。
【研究者のコメント】

爆弾低気圧は上空の渦や下層の水平温度勾配、水蒸気が降水に変化する際の凝結熱など複数の要因が複雑に絡み合って急発達します。本研究で気候変動に伴う環境場の変化が、爆弾低気圧の発達要因や発生数に変動をもたらすことがわかりました。同じ冬でも、月によって爆弾低気圧が発達する環境場は異なります。将来変化を考える上でも、月毎の変化を詳細に調べていくことが重要となってきます。

【論文タイトルと著者】
タイトル:
Rapid increase of explosive cyclone activity over the midwinter North Pacific in the late 1980s(1980年代後半の中緯度北太平洋上での爆弾低気圧活動の急増)
著者:
Akira Kuwano-Yoshida, Satoru Okajima, Hisashi Nakamura
掲 載 誌:
Journal of Climate
DOI:
10.1175/JCLI-D-21-0287.1別ウィンドウで開く
【研究者情報】

中村 尚(なかむら ひさし) 東京大学先端科学技術研究センター 気候変動科学分野 教授
岡島 悟(おかじま さとる) 東京大学先端科学技術研究センター 気候変動科学分野 特任助教

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