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植物の多様性はいかにして維持されているのか ―植物の多様性を制御する要因が緯度と共に変化することを発見―

  • プレスリリース

2022年5月26日

1. 発表者

西澤 啓太(東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員)
森   章(東京大学先端科学技術研究センター 教授)

2.発表のポイント

  • 生物多様性の形成と維持の根幹ともいえる「群集集合プロセス(注1)」が緯度に沿って変化することを世界で初めて発見しました。
  • 世界中で行われた100本以上の研究結果の統合解析により、異なる手法で行われた複数の研究を、手法の影響を排除しつつ比較することに成功しました。
  • 本研究成果は、生物多様性がこれまで維持されてきた根源的なメカニズムの解明に大きく寄与することが期待されます。

3.発表概要

熱帯と温帯、寒帯で全く異なる生物が出現するように、地球の緯度は生物相に大きな影響を与えています。このような生物相の緯度勾配変化は数世紀にわたって研究されてきましたが、生物多様性を支えている仕組みと地球の緯度との関連性はこれまで明らかにされてきませんでした。

東京大学先端科学技術研究センターの西澤啓太特任研究員、森章教授と弘前大学農学生命科学部の篠原直登客員研究員、トロント大学のCadotte Marc教授らの研究グループは、植物の「群集集合プロセス」と呼ばれる生物多様性の維持・形成を支える要因に、顕著な緯度勾配が存在することを世界で初めて発見しました。群集集合プロセスは半世紀以上に渡って世界各地で研究されてきたにも関わらず、地球規模で見られる一般的なパターンは見つかっていませんでした。この発見は、生物多様性を生み出す仕組みの解明につながるとともに、それぞれの場所に応じた生物多様性保全や復元事業を効果的に行うための指針策定に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2022年5月26日に科学誌「Ecology Letters」のオンライン版に掲載されました。

4. 発表内容

【研究の背景】

植物は互いに強い競争関係にあるため、世界中でこれほどまでに多様な種類が存続できていることは既存の理論では十分に説明できず、大きな謎として長年研究されてきました。この高い多様性を支える一つの要因として、出現する生物種が場所によって異なること、すなわち場所間の不均質性にあると考えられてきました(場所ごとに出現種が異なることで、地域全体で多様性が保たれる)。この不均質性は主に、環境の違い(環境が違うから出現する生物が違うという考え方)と空間の違い(場所が違うから出現する生物が違うという考え方)によって説明されます。この種組成の不均質性を生み出す2つの要因は、生物多様性を支える最も重要なプロセス(群集集合プロセス)として知られ、どちらのプロセスがより生物多様性に貢献しているのか、様々な場所や条件下で検証されてきました。

生物多様性が緯度に沿って変化することは、約2世紀前、ダーウィンらの活躍した時代から研究され、今では広く認知されています。しかしながら、生物多様性を支える要因である、群集集合プロセスが緯度に沿ってどのように変わっていくのかはこれまで未解明でした。特に、環境、空間の両プロセスの相対的な重要性は研究対象の範囲(スケール)によって大きく異なる(スケール問題:注2)ため、世界的なパターンを明らかにすることは困難とされてきました。

【研究内容・結果】

本研究では、世界各地の様々なスケール、条件下で実施された研究結果を統合することで、スケールの影響を排除した上で、植物の群集集合プロセスにおける一般的な傾向を明らかにすることを目指しました。論文検索でヒットした計2081件の論文を精査し、データ抽出が可能な103件の論文を対象に統合解析を行いました。まず、各論文から、植物の多様性を説明する上での環境条件の重要性(決定係数R2)、空間的距離の重要性、空間構造を持った環境条件の重要性を抽出しました。それぞれの決定係数を目的変数に、研究が行われた地点の緯度傾度、対象のスケール、分類群、解析手法などを説明変数として回帰分析を行いました。

結果として、環境および空間条件の多様性を説明する割合は、それぞれ緯度勾配に沿って反対のU字パターンで変化することが明らかになりました(図1)。具体的には、環境の重要性は、緯度に沿って逆U字型を示しており(図1左)、中緯度地域(20-40度)で、環境の違いが多様性を支えているという傾向が見られました。これは、中緯度地域では、多様性の成り立ちにおいて植物種の性質の違いが重要な要素であることを示唆しています。

一方で、空間の重要性は緯度に沿ってU字型を示しており、低緯度と高緯度において植物の群集組成は、空間的な距離によって説明される割合が高い傾向が見られました(図1右)。これは、多様性の成り立ちにおいて植物種の性質とは無関係なプロセス(例えば種子が到達するタイミングなど、確率に依存した要素)が重要であることがわかりました。これは、同じ生き様の生物種の共存を可能にし、地域の多様性を形成、維持する上で重要なプロセスとして注目されています。

本結果は、低緯度と高緯度という対極に位置する地域で、多様性を維持するプロセスが一致している(中緯度のみ異なる)という、興味深い結果を世界で初めて示しました。一方で、「なぜ低緯度と高緯度で空間距離が、中緯度で環境条件が重要なのか」という根本的な疑問については検証できておりません。本論文では、これらの疑問に関するいくつかの仮説を提示しており、今後広く行われるであろう研究の一つの基盤となることが期待されます。

【結論、社会的意義】

本研究は空間スケールの違いを考慮した上で、植物群集の集合プロセスのグローバルなパターンを初めて明らかにし、これが植物種の多様性の緯度変化に貢献する可能性を示しました。この発見は、生物多様性の謎の解明に貢献するとともに、多様性を支える重要な要素が分かれば、多様な環境条件が必要なのか、それとも多くの空間範囲が必要なのか判断することができることから、それぞれの場所に応じた効率的に生物多様性保全や復元事業を行う上での指針となることが期待されます。

本研究は文部科学省、北極域研究加速プロジェクト(ArCS)「JPMXD1300000000」及び北極域研究加速プロジェクトII (ArCS II)「JPMXD1420318865」の支援により実施されました。

5.発表雑誌

雑誌名:
「Ecology Letters」(オンライン版:5月26日)
論文タイトル:
The latitudinal gradient in plant community assembly processes : a meta-analysis
著者:
Nishizawa K†*, Shinohara N†*, Cadotte MW, Mori AS (†Equal contribution)
DOI:
10.1111/ele.14019別ウィンドウで開く

6.問い合わせ先

東京大学 先端科学技術研究センター 生物多様性・生態系サービス分野
特任研究員 西澤 啓太(にしざわ けいた)

7.用語解説

  • (注1)群集集合プロセス(Community assembly processes)
    群集(生物群集)とはある一定区域に生息する生物種の集まりを表します。種数などの生物多様性を評価する際は、この群集という単位が一つの基準として広く用いられています。群集集合プロセスはこの群集が集合(形成)する際に働く規則を表し、重要性の異なる様々なプロセスの重ね合わせにより群集を構成する生物種の組成が決定します。
  • (注2)スケール問題(Scale issues)
    生物多様性維持に重要なプロセスは、対象範囲(スケール)の広さによって見かけ上変化することが経験的に知られています。例えば、環境的な異質性を多く含む範囲(広域)に対象範囲を区切ると、各種の環境への適応が重要なプロセスのように見られます。一方で、環境のほとんど異質性を含まない範囲(狭域)で調べてみると、生物間の相互作用や偶然性など、その他細かなプロセスの重要性が浮かび上がってきます。このように、同じ地点であっても、対象範囲の区切り方によって重要なプロセスの解釈は変化してしまいます。この性質が地点間の比較を難しくし、群集集合プロセスの一般化における大きな障壁となっています。

8.添付資料

  • 環境条件、空間距離について、絶対緯度の種組成に対する重要性(R2 値)の関係
  • (図1) 環境条件、空間距離について、絶対緯度の種組成に対する重要性(R2 値)の関係。点の大きさはプロット数を、色は空間スケールをそれぞれ表している。左の図は環境の重要性で、緯度に沿って逆U字型の傾向を示し、中緯度で環境条件の違いが多様性を維持するプロセスとして重要であることを示している。右の図は緯度に沿ってU字型の傾向を示しており、高緯度及び中緯度地域では、空間距離の違いが多様性を維持するプロセスとして重要であることを示している。

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