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酸性腫瘍環境におけるがん促進性代謝物の発見
―酸性環境でアセチル化ポリアミンが 免疫細胞浸潤を介してがん悪性化に関与する―

  • プレスリリース

2023年10月10日

東京大学

発表のポイント

  • 酸性環境のがん細胞や腫瘍組織において、ポリアミン代謝律速酵素SAT1の発現が増加することで、N1-アセチルスペルミジンの蓄積を促進し、腫瘍増殖および患者予後に関与することを明らかにしました。
  • 網羅的に代謝物を検出するノンターゲットメタボロミクス解析を用いて、これまで未知であった酸性環境における代謝適応機構を介したがん悪性化メカニズムを明らかにしました。
  • 酸性環境におけるがん細胞の代謝適応機構を標的とした新たな創薬の開発に繋がることが期待されます。
  • 酸性環境におけるがん細胞の代謝適応機構

発表概要

東京大学先端科学技術研究センターの大澤 毅 准教授、同大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻の加藤 美樹 大学院生(研究当時)、前田 啓介 大学院生、化学生命工学専攻の中原 龍一 大学院生らの研究グループは、東京医科歯科大学難治疾患研究所、名古屋大学大学院医学系研究科や理化学研究所と共同で、酸性環境でがん悪性化に関与するがん促進性の代謝物を発見しました。固形がんは血管構築不全による血流不足から、組織中心部が低酸素状態に陥りやすく、その代謝変容の結果として酸性状態(アシドーシス)(注1) になることが知られています。しかし、酸性環境下におけるがん細胞の代謝適応メカニズムや酸性環境によるがん悪性化への影響は、これまで明らかにされていませんでした。本研究グループは、酸性環境下のがん細胞や腫瘍組織で、ポリアミン代謝(注2) の律速酵素である「SAT1(注3)」の発現が増加し、ポリアミン代謝経路における中間代謝物である「N1-アセチルスペルミジン(注4)」が蓄積することで、腫瘍促進性の免疫細胞浸潤や血管新生の促進、患者予後不良に影響するなど、酸性環境の代謝変容ががんの悪性化に関わることを明らかにしました(図1)。 本研究成果は、2023年10月10日午前8時(米国東部夏時間)に電子ジャーナル「PNAS Nexus」に掲載されました。

  • 図1:N1-アセチルスペルミジンによる免疫細胞浸潤が腫瘍増大を導く
    酸性(pH6.4~pH6.8)環境のがん細胞では、ポリアミン代謝経路の律速酵素であるSAT1の発現が上昇する。ポリアミン代謝の中間代謝物であるN1-アセチルスペルミジンが蓄積した結果、がん進展や腫瘍血管新生に作用する好中球の腫瘍への浸潤や遊走が亢進する。

発表内容

固形がんにおいては血管構築不全による血流不足から、がん組織中心部が低酸素状態に陥り解糖系(注5)を亢進し、その代謝変容の結果として酸性状態になることが知られています。しかし、酸性環境下におけるがん細胞の代謝適応メカニズムや酸性環境によるがん悪性化への影響は、これまで明らかになっていませんでした。研究グループは、酸性環境における代謝変動を解析するために、酸性状態を模した培養系を用いたがん細胞や腫瘍組織において、網羅的に代謝物を検出するノンターゲットメタボロミクス解析(注6)を行いました。その結果、これまでがんにおいてどのような役割を果たしているか不明であったポリアミン代謝物のN1-アセチルスペルミジンが酸性環境のがん細胞で蓄積していることを見出しました。さらに研究グループは、がん細胞や腫瘍組織を用いた解析から、N1-アセチルスペルミジンの生合成を律速的に制御する代謝酵素であるSAT1のmRNAおよびタンパク質の発現量が酸性環境で増加しており、このN1-アセチルスペルミジンが、がん進展や腫瘍血管新生(注7)に作用する好中球(注8)浸潤を促進し、マウスにおける血管新生を伴う腫瘍増殖および患者予後に影響することを明らかにしました(図2)。

近年、がん細胞の生存や悪性化メカニズムとして、低酸素や低栄養等のがん細胞を取り巻く環境に応じた網羅的な遺伝子発現、エピゲノム(注9)変化や代謝適応機構が注目されています。本研究にて得られた知見は、低酸素や低栄養だけでなく酸性環境という新たながんを取り巻く環境が、代謝酵素SAT1を介してポリアミン代謝を変化させ、免疫細胞の動員を制御することでがん増殖や悪性化に関わることを初めて示唆するもので、酸性環境におけるがん細胞の代謝応答に着目した新規創薬の開発に繋がることが期待されます。

  • 図2:酸性環境におけるがん細胞の代謝変動メカニズム
    (上)飛行型質量分析器CE-TOF-MSを用いたノンターゲットメタボロミクスから、酸性状態のがん細胞ではポリアミン代謝物N1-アセチルスペルミジンが蓄積することを見出した。
    (下)酸性状態のがん細胞では、N1-アセチルスペルミジンの生成代謝酵素であるSAT1の発現が増加する。

発表者

東京大学 

  •  先端科学技術研究センター ニュートリオミクス・腫瘍学分野
      大澤 毅(准教授)
  •  
  •  大学院工学系研究科 先端学際工学専攻
      加藤 美樹(研究当時:博士課程、現:慶應義塾大学 薬学部 生化学講座 研究員)
      前田 啓介(博士課程)
  •  
  •  大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
      中原 龍一(博士課程)

論文情報

雑誌:
PNAS Nexus(10月10日)
題名:
Acidic Extracellular pH Drives Accumulation of N1-Acetylspermidine and Recruitment of Pro-Tumor Neutrophils
著者:
Miki Kato, Keisuke Maeda, Ryuichi Nakahara, Haruka Hirose, Ayano Kondo, Sho Aki, Maki Sugaya, Sana Hibino, Miyuki Nishida, Manami Hasegawa, Hinano Morita, Ritsuko Ando, Rika Tsuchida, Minoru Yoshida, Tatsuhiko Kodama, Hideyuki Yanai, Teppei Shimamura and Tsuyoshi Osawa
DOI:
10.1093/pnasnexus/pgad306別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE)」、科研費「基盤S(課題番号:JP23H05473)」、「基盤B(課題番号:19H03496)」、「新学術領域研究(課題番号:20H04834)(「挑戦的萌芽(課題番号:19K22553, 21K19399, 23K18234)」、「AdAMS (課題番号:22H04922)」、日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:22J13979, 23KJ0581)、東京大学大学院工学系研究科「リーダー博士人材育成基金」特別助成プログラムや住友財団、島津財団、倉田財団、内藤財団、山田科学財団、上原財団、小柳財団、武田財団、SGH財団などの支援を得て行われました。

用語解説

  • (注1)酸性状態(アシドーシス)
    がん組織内で正に帯電したプロトンや乳酸が蓄積することによりpHが低下すること。
  • (注2)ポリアミン代謝
    第一級アミノ基を2つ以上もつ直鎖脂肪族炭化水素の総称。規則的に配置される正に帯電したアミノ基がタンパク質や核酸、金属イオンなどの化学物質と相互作用することで生理的な機能を果たす。代表的なポリアミンとしてスペルミンやスペルミジン、プトレシンなどが知られる。
  • (注3)SAT1
    Spermidine/spermine N(1)-acetyltransferaseの略称。ポリアミン代謝経路の律速酵素であり、スペルミジンおよびスペルミンというポリアミン代謝経路の中間代謝物にアセチル基を付加する。
  • (注4)N1-アセチルスペルミジン
    SAT1によりスペルミジンにアセチル基が付加されたポリアミン代謝経路の中間代謝産物。
  • (注5)解糖系
    グルコースを燃料とし、ミトコンドリア電子伝達系を介さずにエネルギーを産生する代謝経路。増殖の速いがん細胞で亢進することが知られており、プロトンや乳酸を産生するため、結果的にがん組織の内部が酸性状態に陥る。
  • (注6)ノンターゲットメタボロミクス解析
    計測する代謝物の種類を限定せず、分析装置で計測された全代謝物を網羅的かつ高感度に一斉解析する手法。生体中の代謝物質の総体(メタボローム)を包括的に解析することができる。
  • (注7)腫瘍血管新生
    腫瘍内の酸素や栄養の需要に応じて、既存の血管から新たに血管分岐が発芽して伸長すること。
  • (注8)好中球
    循環白血球の最大60%を占める食作用性顆粒球で、病原体の貪食や顆粒を放出し他の免疫細胞の動員や免疫応答を促進する。
  • (注9)エピゲノム
    DNAのメチル化とヒストン修飾で維持・伝達される、後天的に書き換えられる遺伝情報。エピゲノムの変化が、トランスクリプトームの変化を引き起こすことが知られている。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター ニュートリオミクス・腫瘍学分野
 准教授 大澤 毅(おおさわ つよし)

 

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