自然保護区の生物多様性が気候変動の課題解決に貢献する
―30by30目標に照らし合わせて―
- プレスリリース
2024年9月3日
東京大学
発表のポイント
- 自然保護区は、生物多様性を通じて森林生態系の一次生産性と炭素隔離に貢献します。
- しかし、人為的な気候変動は、この「保護区効果」を著しく脅かします。
- 保護区増加と気候変動緩和は、独立した目標ではなく、両立が必須であることを示しました。この研究成果は、国際環境政策の立案と実施に今後役立つことが期待されます。
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さまざまな樹木種の存在する森林生態系は、炭素吸収の機能性が高い
発表概要
東京大学先端科学技術研究センターの森章教授らによる研究グループは、世界中の森林を対象とした解析により、「生物多様性が炭素吸収に貢献する」という機能性(関連情報参照)を担保するうえで、自然保護区が役立っていることを示しました。しかし、人為的な温暖化の緩和に失敗すると、自然保護区のこの役割を台無しにする可能性があることも分かりました。 国連生物多様性条約の第15回締約国会議にて同意された、2030年までに達成すべき23のターゲット(注1)のうち、自然保護区に関する「ターゲット3」と気候変動対処に関する「ターゲット8」は、これまで個別に議論されてきました。本研究の成果により、これらの環境課題間の相互作用、同時解決の必要性が示されました。この成果は、生物多様性と気候変動の課題を巡る、国際政策の立案と実施に今後役立つことが期待されます。
ー研究者からのひとことー
人為的な気候変動が激化することで生物多様性が脅かされることは広く知られている一方で、生物多様性消失により気候変動の課題解決が難しくなることは認識されていません。当研究では、生物多様性の保全を担う自然保護区の効果を、炭素の吸収と隔離に基づく気候安定化の観点から解析しました。現在、世界的に保護区を増やそうという政策目標があります。この国際的な努力の意味を、気候課題の角度から問う新たな研究成果です。(森章教授)
発表内容
生物多様性の消失と気候変動は、密接に関係している環境課題です。気候の変化は生物種の生息地や分布といった生態系に影響を与える一方、生物多様性は炭素隔離などを介して気候系に影響します(関連情報参照)。しかし、この相互依存性については、国際的な環境政策の立案などにおいて十分に議論されてきませんでした。
とくに、自然保護区は森林の一次生産性や炭素貯留において重要な場所ですが、これらの機能性は植物多様性に依存しています(「保護区効果」:図1参照)。本研究では、種分布モデルと呼ばれる将来的な生物種の地理的分布を予測するモデルと、植物種数と一次生産性の関係性に関するモデルとを組み合わせて、異なる気候変動シナリオ下での将来の森林の炭素吸収機能の変化を高解像度で予測しました。その結果、温室効果ガスの排出削減、炭素貯留の促進、持続可能な土地管理といった気候変動緩和の努力が行われずに樹木をはじめとする植物の多様性が損なわれることで、この「保護区効果」が損なわれてしまう可能性を見出しました。
さらに、国連生物多様性条約のもとで、2030年までに30%の陸地を保護するという目標(30by30目標と呼ばれる;注1)に着目をした解析を行いました。具体的には、樹木多様性に基づく炭素吸収が高い場所から優先的に保護区として追加することを、各地域において30%保護に到達するまで繰り返し行いました。この将来的な保護区増加を、気候変動緩和があるシナリオとないシナリオで比較をしました。その結果、30%保護が実現しても温暖化緩和に失敗をする場合では、「保護区効果」が台無しになる可能性が示されました。つまり、地球温暖化により生物多様性そのものが失われれば、自然生態系で炭素の吸収と隔離をするという機能性が失われることで、保護区増設の意味を損なってしまう可能性があります。
以上から、本研究により、生物多様性が社会に提供する生態系の恩恵(自然の恵み)を維持・強化するために、気候変動の緩和を生物多様性保全政策に統合する重要性を強調します。
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図1:「自然の恵み」としての生態系の機能性を巡る自然保護区の効果
関連情報:
「環境展望台」(2021/6/10)
https://tenbou.nies.go.jp/news/jnews/detail.php?i=32032
発表者
東京大学 先端科学技術研究センター 生物多様性・生態系サービス分野
- 森 章 教授
論文情報
- 雑誌:
- One Earth(9月3日)
- 題名:
- Urgent climate action needed to ensure effectiveness of protected areas for biodiversity benefits
- 著者:
- Akira S. Mori*, Andrew Gonzalez, Rupert Seidl, Peter B. Reich, Laura Dee, Haruka Ohashi, Yann Hautier, Michel Loreau, Forest Isbell
- DOI:
- 10.1016/j.oneear.2024.08.003
研究助成
本研究は、市村清新技術財団地球環境研究助成、科研費「森林動態モデルによる生物多様性と気候変動の両者課題の同時解決策(課題番号:22KK0102)」、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム(課題番号:JPMXD0722678534)」、環境省推進費「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究(課題番号:JPMEERF15S11420)」の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)2030年までに達成すべき23のターゲット
国連環境計画生物多様性条約の第15回締約国会議において採択された、昆明・モントリオール生物多様性枠組は、2050年ビジョン「自然と共生する世界」、2030年ミッション「生物多様性を保全し、持続可能に利用し、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を確保しつつ、必要な実施手段を提供することにより、生物多様性の損失を止め、反転させ、回復軌道に乗せるための緊急の行動をとる」の実現のための、2030年までに達成すべき23の行動ターゲットを含む。
そのうち、ターゲット3が「2030年までに陸域と海域の少なくとも30%以上を保全(30by30目標)」であり、ターゲット8が「自然を活用した解決策等を通じた気候変動の生物多様性への影響の最小化とレジリエンスの強化」である。
問合せ先
東京大学 先端科学技術研究センター
生物多様性・生態系サービス分野 教授 森 章(もり あきら)
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