謙虚なリーダーがもたらす心理的に安全な環境はメンタルヘルスと働きがいの向上につながる
―中央省庁においてリーダーの謙虚さと心理的安全性が果たす役割―
- プレスリリース
2025年2月20日
東京大学
発表のポイント
- 日本の中央省庁において、リーダーの謙虚さが心理的安全性を介してメンタルヘルスとエンゲージメント(働きがい)に良い影響を与えることがわかりました。
- 中央省庁において、リーダーの謙虚さ、心理的安全性、そしてメンタルヘルスとエンゲージメントがどのように関係しているかについて、初めて明らかにしました。
- 中央省庁が、職場環境の改善と、複雑化する社会課題に柔軟に対応するという2つのミッションを両立するためのヒントとなり得ます。

概要
東京大学先端科学技術研究センターの松尾朗子特任助教、熊谷晋一郎教授らの研究グループは、中央省庁の職員を対象に調査を実施し、リーダーの謙虚さが高まると心理的安全性が高まること、そしてリーダーの謙虚さが心理的安全性を介してメンタルヘルスとエンゲージメントに影響することを明らかにしました。
近年、公共部門では志願者の減少と離職率の高さが問題となっています。民間企業を対象とした既存の研究ではリーダーの謙虚さや心理的安全性(注1)が重要であることはわかっていましたが、それが公共部門にも当てはまるかどうかは未解明でした。そこで本研究では、そのような問題の背後にあるメンタルヘルスとエンゲージメントに関して、リーダーの謙虚さと心理的安全性が果たす役割を調べました。分析の結果、民間企業と同様に謙虚なリーダーシップにより心理的安全性が醸成されること、そして注目すべき結果として、心理的安全性が高まることでメンタルヘルスとエンゲージメントの向上につながることがわかりました。この結果は、中央省庁が職員のメンタルヘルスやエンゲージメントに配慮した持続可能な職場環境を実現する上で示唆を与えると考えられます。

ー研究者からのひとことー
本研究から、心理的安全性の重要性が民間企業だけでなく中央省庁でも示されました。仕事で求められているものが大きく変わってきている現代社会において、目指すべき職場環境の方向性が見えてきたことは組織レベルで今後の働き方を考える第一歩となります。(松尾朗子特任助教)
発表内容
〈研究の背景〉
職員の離職は、特に中央省庁をはじめとした行政機関で広く問題となっています。離職は、組織パフォーマンスの低下、生産性の損失、高い雇用・研修コストなど、組織に重大な結果をもたらすことが知られています。海外と同様に日本の行政機関も同様の状況に直面しており、公務員の離職率は増加傾向を示しています。人事院によると、2020年度に離職した職員は109人で、2013年度の76人から増加しています。そもそも中央政府への就職が不人気であること、また若手職員の離職率が高いことから、候補者を惹きつけ引き留めるためには、従業員の精神的健康状態や仕事への取り組みを維持するための職場環境を整える必要があります。
従業員の精神的健康状態(メンタルヘルス)と仕事への取り組み(エンゲージメント)は、離職率を下げるための2つの重要な要素です。従業員のコミットメントと満足度を高め、行政機関における定着率を向上させるために、従業員のエンゲージメントのレベルを高める必要があると先行研究で議論されています。またメンタルヘルスの問題は職場の成果に大きな影響を与える可能性があり、生産性の低下や離職率の上昇、バーンアウトといったネガティブな結果に結びついていることが示されています。
一方で、政策資源が限られる中、複雑化する社会課題に柔軟に対応していくため、日本の行政機関は、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)、およびアジリティ(注2)に注目し始めています。行政機関で働く職員は、現在の職務の遂行方法を再考し、証拠に基づいたよりアジリティ指向のスタイルに変更することが求められています。したがって、従業員のメンタルヘルスとエンゲージメントを維持し離職率を減少させるだけでなく、EBPMの推進とアジリティの向上という期待に応えるための必要な条件を特定することが重要です。
エビデンス、すなわち現実を直視し、アジャイルに学習・応答する組織を実現するには、心理的安全性と謙虚なリーダーシップという指標の高さが重要である可能性が、先行研究から示唆されてきました。また筆者らは、企業を対象とした以前の研究で、これらの指標の高さがメンバーのパフォーマンスに良い影響を与えることを報告してきました。そこで本研究では、中央省庁のひとつを対象に、メンタルヘルスとエンゲージメントを両立するためにそれらの要因がどのように影響するかを調べました。筆者らの以前の研究では民間企業を対象としていましたが、本研究は、中央省庁における上記の変数間の関係を浮き彫りにした初めての試みです。
調査対象として、EBPMとアジリティ、職員の働きやすさを改善するために積極的に組織風土の改善を促進しようとしている中央省庁の協力を得ました。そこで、職員を対象として、心理的安全性と謙虚なリーダーシップがどのように従業員のメンタルヘルスとエンゲージメントに影響しているか調査しました。
〈研究の内容〉
中央省庁の一組織の1088名の職員(75チーム)がオンライン調査に回答しました。この調査は、メンタルヘルスおよびエンゲージメントを測定する項目と、筆者らが過去に日本語訳した尺度である心理的安全性尺度、表出された謙虚さ尺度などから構成されていました。メンタルヘルスに関しては、従業員の不安、抑うつ、職場で心理的にストレスのかかる出来事に関する影響の度合いをメンタルヘルス状態として測定しました。
本研究では、マルチレベルパス解析という統計的分析を行いました。分析結果から、リーダーの謙虚さが心理的安全性を高め、それによってメンタルヘルス指標は改善しエンゲージメント指標は上昇することが示されました。リーダーの謙虚さが直接的に影響するのではなく、心理的安全性を介してメンタルヘルスとエンゲージメントに働きかけるということを意味しています。
〈今後の展望〉
本研究は中央省庁を対象に、行政機関においてリーダーの謙虚さを通じて心理的安全性を高めることが、個人や組織の持続可能性に関わる職員のメンタルヘルスやエンゲージメントの向上をもたらすことを明らかにした初めての研究です。これは、メンタルヘルスやエンゲージメントに配慮した行政機関の職場環境改善が喫緊の課題となっている現代社会において、重要な知見と言えます。また、本研究で収集した日本の行政政府機関における貴重なデータは、公共政策における理論の深化や、組織文化の変革を目指す介入などの実践にも貢献する可能性があります。
関連情報:
「プレスリリース 謙虚なリーダーのもとで心理的安全性が高まりメンバーが本領発揮しやすくなる―職場においてリーダーの謙虚さと心理的安全性が果たす役割―」(2024/3/15)
URL:hhttps://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20240315.html
発表者・研究者等情報
東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野
デジタルオブザーバトリ研究推進機構
東京大学医学部附属病院臨床研究推進センター
- 熊谷 晋一郎 教授
- 松尾 朗子 特任助教
- 唯 なおみ* 学術専門職員(*修正)
- 綾屋 紗月 特任准教授
- 川原 拓也 助教
- 柏原 康佑 特任講師
- 古藤 吾郎 連携研究員
- 上岡 陽江 学術専門職員
論文情報
- 雑誌名:
- International Review of Public Administration
- 題名:
- Fostering employee engagement and mental health: Impact of psychological safety, humble leadership, and knowledge sharing in the Japanese public sector
- 著者名:
- Shin-ichiro Kumagaya#, Akiko Matsuo*,#, Naomi Yui, Satsuki Ayaya, Takuya Kawahara, Kosuke Kashiwabara, Goro Koto, Harue Kamioka
*責任著者, #Equal contribution - DOI:
- 10.1080/12294659.2025.2463135
- URL:
- https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/12294659.2025.2463135
研究助成
本研究は、科研費「「当事者化」人間行動科学:相互作用する個体脳と世界の法則性と物語性の理解(課題番号:JP21H05175)」およびデジタルオブザーバトリ研究推進機構の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)心理的安全性
こわがらずに自分の気持ちや考えを表明できる状態。 - (注2)アジリティ、アジャイル
市場環境における意外で予測不可能な変化への対応として、新しい状況に適応する能力だけでなく、迅速に反応する能力。
問合せ先
東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野
特任助教 松尾 朗子(まつお あきこ)
関連タグ