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海洋熱波が2023年夏の東アジアの記録的熱波を増幅したメカニズムを解明

  • 研究成果

2025年9月2日

国立大学法人筑波大学
東京大学先端科学技術研究センター
国立研究開発法人海洋研究開発機構

2023年夏、東アジアは記録的な猛暑に見舞われました。この記録的な高温多湿を、周辺の海域で発生した未曾有の「海洋熱波」が大幅に増幅させていたことが、気象モデルを用いた数値シミュレーションによって初めて明らかになりました。

 2023年夏、日本を始めとする東アジアは記録的な高温多湿に見舞われました。一方で、周辺海域では前例のない海洋熱波が発生していました。近年、大気と海洋で同時に熱波が発生する現象が世界的に注目されていますが、2023年夏の海洋熱波が陸上の熱波に具体的にどの程度、どのように影響したかは未解明でした。
 本研究では、この疑問に答えるべく、領域気象モデルを用いた詳細なシミュレーションを実施しました。その結果、2023年夏の海洋熱波は、熱波をもたらす地球規模の大気循環の影響に加えて、高温と多湿の複合現象として、東アジアの熱波を大幅に増幅させていたことが明らかになりました。特に、海洋熱波が気温上昇を引き起こすメカニズムとして、雲や水蒸気の変化を通じて地表に届く放射が強まったことが重要であることが分かりました。これには、雲と水蒸気に富んだ東アジアの夏の気候の特性が海洋熱波による大気の熱波の増幅に深く関係していたことも示されました。さらに、近年の海面水温の上昇傾向が、海洋熱波の熱波への影響をさらに大きくしていたことも判明しました。
 海洋熱波が大気の熱波を増幅させるメカニズムを知ることは、日本や他地域の季節予報の精度向上につながるだけでなく、将来の極端な気象現象への備えを考える上で非常に重要です。

研究代表者

筑波大学生命環境系
 岡島 悟 准教授
東京大学先端科学技術研究センター
 小坂 優 准教授
海洋研究開発機構
 伊東 瑠衣 特任研究員

研究の背景

 近年、世界各地で記録的な熱波が頻発し、私たちの生活や経済に甚大な被害をもたらしています。特に、人口密集地が多く高温多湿な気候の東アジアでは、熱波に伴い熱中症など健康被害のリスクが高まることが懸念されています。
 これまで「熱波」は主に大気の現象を指していましたが、近年、「海洋熱波」(注1)が相次いでいます。2023年夏、東アジアは記録的な熱波に見舞われ、同時に、その周辺海域でも、海流の持続的な変動に伴う前例のない海洋熱波が発生していました。しかし、この海洋熱波が大気の熱波にどのように影響を与えるのかは、十分に理解されていませんでした。
 本研究グループではこれまでに、数値シミュレーションを用いて中緯度海洋と大気の関係を調査し、海洋が大気に対して能動的に影響を与えうることを明らかにしてきました(Journal of Climate 2014、 2018、Geophysical Research Letters 2024)。そこで今回、高温と多湿の複合という観点に着目し、2023年夏の東アジアにおける海洋熱波が大気に与えた影響の調査に取り組みました。

研究内容と成果

 本研究では、最新の領域気象モデル(注2)を用いて、2023年夏の東アジアの猛暑に対する、海洋熱波の影響を詳細に分析しました。数値実験の結果、熱波をもたらす地球規模の大気循環の変動の影響に加えて、海洋熱波が東アジアの夏の猛暑を約20~50%も増幅させていたことが明らかになりました(参考図)。また、湿球黒球温度(注3)から、海洋熱波が「高温と多湿の複合的な極端気象」として、熱波を強めていたことが分かりました。下層雲の減少や水蒸気量の増加によって、地表に到達する放射が強化されることが、このような海洋熱波の働きに大きく関わっていると考えられます。さらに、近年の海面水温の上昇傾向が、海洋熱波が大気に及ぼす影響をより強めていることも判明しました。
 本研究により、海洋の持続的な変動に伴う極端な高水温状態が、陸上の熱波を大幅に増幅させうることが示されました。

今後の展開

 今回の結果を含む本研究グループのこれまでの成果により、中緯度海洋が大気、ひいては私たちの暮らしに与える影響をより包括的に理解することが可能になります。このことは、夏季の東アジアにおける熱波の予測精度向上や将来の極端気象への対応にも貢献すると期待されます。今後さらに、海洋熱波の影響がより現れやすい大気の状況や、温暖化時の大気の熱波と海洋熱波の関係性の変化について、調査を進めていきます。

参考図

  • 図 本研究で明らかになった海洋熱波が2023年夏の東アジアの記録的熱波を増幅したメカニズム
  • 図 本研究で明らかになった海洋熱波が2023年夏の東アジアの記録的熱波を増幅したメカニズム

左上図は2023年夏(7-9月平均)の顕著な海面水温異常(色、ハッチは1982年以降で最も高い水温を表す)および平均的な水温分布を黒線で示す。この顕著な暖水異常(海洋熱波)が、大気の熱波をもたらす大規模大気循環の影響に加え、下層雲の減少と大気中の水蒸気量増加に伴う地表の下向き放射の強化を通じて、右図に示すように日本域の陸上のWBGT(湿球黒球温度)の上昇をもたらす。海面水温異常に対する日本域のWBGTの応答(青矢印)は、全応答(赤矢印;大規模大気循環の影響及び海面水温異常に対する応答を含む)の40%近くを説明する。また、近年(約20年)の水温上昇傾向への応答(紫矢印)は、海面水温異常に対する応答の40%近くを説明する。

用語解説

  • (注1)海洋熱波
    特定の海域において、海水温が数日以上、異常に高い状態が続く現象。海洋生態系に深刻な影響を与え、サンゴの白化、漁業資源の減少、特定の種の大量死などを引き起こすことがある。
  • (注2)領域気象モデル
    地球規模の気象モデル(全球気象モデル)の結果を入力値として、特定地域の気象や気候を、より詳細な解像度でシミュレーションするための数値モデル。
  • (注3)湿球黒球温度(Wet Bulb Globe Temperature: WBGT)
    人間の感じる暑さの度合いを評価するための指標の一つ。気温だけでなく、湿度、放射、風などの要素を考慮して算出される。湿球黒球温度が高いほど熱中症のリスクが高まるため、熱中症予防のためのガイドラインとしても広く利用されている。

研究資金

 本研究は、文部科学省「ArCSII 北極域研究加速プロジェクト」(JPMXD1420318865)、 科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム「地域気象データと先端学術による戦略的社会共創拠点」(JPMJPF2013)、環境省・(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20231007、JPMEERF20242001)、文部科学省気候変動予測先端研究プログラム(JPMXD0722680395、JPMXD0722680734)、JSPS科研費(JP24H02223、JP22K14097、JP23K22573、JP23K00982)の一環として実施されたものです。

掲載論文

【題 名】
Unprecedented Marine Heatwave Significantly Exacerbated the Record-breaking 2023 East Asian Summer Heatwave
 (過去に類を見ない海洋熱波が2023年夏の東アジアの記録的熱波を激甚化)
【著者名】
S. Okajima, Y. Kosaka, T. Miyasaka, and R. Ito
【掲載誌】
AGU Advances
【掲載日】
2025年9月2日
【DOI】
10.1029/2025AV001673別ウィンドウで開く

問合せ先

東京大学先端科学技術研究センター グローバル気候力学分野
准教授 小坂 優(こさか ゆう)

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