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ナフタリ・メシェル博士による連続研究セミナーを開催:ユダヤ学・インド学・比較宗教学

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2021年8月4日

  • 左から、ヒレル・マリ博士・ナフタリ・メシェル博士・アナンド・ミシュラ博士
    左から、ヒレル・マリ博士・ナフタリ・メシェル博士・アナンド・ミシュラ博士
  • 2021年6月、三回にわたり、ナフタリ・メシェル博士と彼の組織する国際研究チームの主要メンバーを講師とする連続研究セミナーをオンラインで開催しました。この研究チームは、イスラエル・ヨーロッパ・北米で活動する研究者から構成され、「儀礼考」と銘打たれた研究プロジェクトに共同で取り組んでいます。宗教儀礼をめぐる言説と実践に現れる多様なパターンの抽出と解釈のための新たなアプローチを確立しつつある「儀礼考」プロジェクトは、次のような方法論的特徴を備えています。

    (1)犠牲と浄・不浄という宗教儀礼の最も根本的な諸要素の「交差」を解きほぐすこと
    (2)(歴史的には独立して発達したと想定される)ユダヤ教の儀礼体系と古代インドの儀礼体系の比較から得られる知見を積極的に活用すること
    (3)この関連で、分析対象となるユダヤ教文献をヘブライ語聖書から死海写本・旧約外典・ラビ文学・カライ派文献にまで拡張する一方、インド文学においてはミーマーンサー学派の意義と位置付けに特に着目すること。
    (4)現代の言語学・人類学・比較宗教学などの最新成果を理論構築に意識的に役立てること。
    (5)テーゼの定式化に当たっては、自然科学の分野でも使用されているformalizationのテクニックを最大限に応用すること。

本連続研究セミナーは、「儀礼考」プロジェクトがこれまで成し遂げてきたさまざまな研究成果を単に紹介するにとどまらず、未解決の問題や今後の研究課題について共に考え、大胆な発想と柔軟な思考をもって、自由に議論することを目指して企画されました。以下では、まず本セミナーの主要内容を簡潔に紹介したいと思います。

第一セッションでは、古代イスラエルの犠牲システムとその歴史的展開の分析が話題の中心となりました。メシェル博士は、祭司資料に詳細に描写されている一見煩瑣で恣意的とも思われる諸規定のうちにzoemics(犠牲獣の基本単位とその組み合わせ)、jugation(動物犠牲に伴うことがあるその他の犠牲の種類に関するルール)、hierarchics (複数の位階より構成される燔祭の階層構造)、praxemics(燔祭の時系列的・空間的配列)といった操作カテゴリーを同定した上で、その全体をある種の「文法」として表現できることを示しました。驚くべきことに、この「文法」は、後期聖書文書・死海写本・第二神殿時代文学といった後代のユダヤ教文献にも(深層構造として)保存されていることを指摘することができます。本セッションでは、実際のテクストの分析も交えながら、上述の「文法」の意味論やその宗教史的含意、さらには犠牲の普遍文法の記述の可能性などにまで話が及びました。

第二セッションでは、ユダヤ教における浄・不浄の観念に焦点が当てられました。セッション前半では、ヘブライ語聖書に見いだされる不浄の諸規定が、(matter out of placeとaction out of lineという説明概念に依拠しながら)タイプAとタイプBに分類できることが説明されました。この分類法によると、タイプAは個人及び家族を対象とする穢れであり、水を清めの手段とするのに対し、タイプBの穢れは聖所のみに影響し、血によって清められる、とまとめることができます。セッション後半では、ユダヤ教における浄・不浄のシステムの分析のための二つのモデル(病原モデルと温度計モデル)が提示されました。病原モデルでは、様々な穢れが(あたかも種々異なる病気であるかのように)タイプにおいて異なるものとして本質論的に把握されます。他方、温度計モデルでは、穢れの諸形態が「強度」の軸に沿って(いわば熱量として)単線的に配置されます。以上の分析を踏まえた上で、浄・不浄をめぐるユダヤ教の様々な実践と言説がこの二つのモデルの間の緊張関係という観点から統一的に説明できることが力説されました。

最終回となった第3セッションでは、これまで断片的な形でのみ言及されていたインドとユダヤの比較の問題(Talmudo-Mīmāṃsā)が真正面から取り組まれることとなりました。両宗教は、聖典中において詳細に展開される儀礼体系の記述に複層的な解釈伝統が密接にリンクしているという注目すべき共通点を持っています。こうした宗教現象上の顕著な類似性は、タルムード中のパッセージのサンクスリット語への翻訳及びミーマーンサー文献中のパッセージのアラム語への翻訳という人為的「テクスト操作」によっても明らかにすることができます。本セッションでは、儀礼における聖なる物と聖なる行為の関係というテーマが例として取り上げられました。そして(1)ミーマーンサー文献に現れる分析カテゴリーと(2)タルムードにおける解釈技法が、それぞれお互いのコーパスにおいては潜在的なままとなっていた形式上ないし内容上の論点を理解する鍵を与えること、そしてこのような比較考察は(3)現代の文学理論に由来するloipophobiaという概念によって、理論的見地から補完できることなどが論じられました。

本連続研究セミナーは、オンライン形式の利点を最大限に活かしながら、様々な工夫が凝らされたことも特筆に値するでしょう。ここでは特に、
(1)世界各地に点在する研究者を講師としてヴァーチャルな形で集めつつ、同時にLIVE的な臨場感を前面に出したこと
(2)通常あまり接点のないユダヤ学とインド学の研究者が一堂に会する場を用意したこと
(3)Zoomの機能の一つであるbreakout room を使って、(havrutaと呼ばれる)特定のテクストをめぐって自由に議論し合う演習の時間を組み込んだこと
を挙げておきたいと思います。

当初の想定以上の関心を惹いた本連続研究セミナーには、毎回30名前後の研究者が参加されました。熱意と勢いに満ち溢れた今回のセミナーが、将来もオンラインや対面の形で引き継がれていくことを心から期待するばかりです。

昨年度より、グローバルセキュリティ・宗教分野(池内研究室)では、国際研究プロジェクト「未来の人文学に向けて:思想研究のための国際研究ネットワーク構築」(プロジェクト・リーダー:山城貢司特任研究員)を推進しています。その活動の一環として、最先端の研究トピックを題材とした講義・ワークショップ・研究セミナーシリーズを定期的に開催し、海外の専門家と日本の専門家の間の創発的かつ創造的な学術交流の場の創出に努めています。

「未来の人文学に向けて」プロジェクトは、 東京大学とエルサレム・ヘブライ大学との包括的学術協定(2019年5月に締結)に基づき、ヘブライ大学を中心としたイスラエルの学者と日本の学者の間の対話と共同研究のネットワーク形成を目的として2020年に発足しました。今年度は、ヘブライ大学に所属する研究者のみならず、ヨーロッパや北米にて第一線で活躍中の宗教学者や哲学研究者にもネットワークを広げつつ、さらなる講演や研究セミナーを企画しています。

【開催概要】
日時:
第一回 6月13日(日)午後8時から午後10時 「儀礼の文法について」
第二回 6月20日(日)午後8時から午後10時 「穢れをめぐる二つのモデル」
第三回 6月27日(日)午後8時から午後10時 「古き儀礼学と新しき儀礼学」

講師:
ナフタリ・メシェル博士(エルサレム・ヘブライ大学)
ヒレル・マリ博士(ニューヨーク大学:第二回のみ共同発表者としてスポット参加)
アマンド・ミシュラ博士(ハイデルベルク大学:第三回のみ共同発表者としてスポット参加)

開催場所:
オンライン(Zoom)

主催:
東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野 池内研究室

共催:
東京大学先端科学技術研究センター 創発戦略研究オープンラボ(ROLES)
東京大学グローバル地域研究機構(IAGS)
GSIキャラバン・プロジェクト「中東国際政治における主要地域大国と域外大国の関係をめぐる実地調査と対話」(代表者:池内恵)

キュレーター:
山城貢司 特任研究員(グローバルセキュリティ・宗教分野 池内研)

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