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非アルコール性脂肪肝炎の病理組織像を改善する手法を明らかに
-動物モデルにおける抗腫瘍効果と生存率の改善を証明-

  • 研究成果

2022年2月21日

1.発表者

  • 村上 健太郎(興和株式会社 東京創薬研究所研究員/東京大学先端科学技術研究センター 交流研究員)
  • 田中 十志也(東京大学先端科学技術研究センター ニュートリオミクス・腫瘍学分野 特任教授)

2.発表のポイント

  • 過剰な脂質と糖によって脂肪肝から繊維化、肝臓がんへと進展する動物モデルに脂質代謝を改善するペマフィブラートと、腎臓から糖の排泄を促すトホグリフロジンの併用効果を検討しました。
  • 併用療法は非アルコール性脂肪肝炎に特徴的な病理像であるバルーニングを改善し、腫瘍の発生を減らし、生存率を改善させることを明らかにしました。
  • 本研究成果は、肝がんの成因として増え続けている非アルコール性脂肪肝炎の治療法につながることが期待されます。

3.発表概要

我が国の一般成人健康診断受診者の約20~40%がお酒を沢山飲まないのに脂肪肝となる非アルコール性脂肪肝と診断されます。その中でも約10~20%は進行性の病態とされる非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis: NASH)であり、肝硬変や肝細胞がんへと進展するとされています。近年、B型肝炎やC型肝炎が原因でない肝がんが増加しており、その成因として非アルコール性脂肪肝炎が注目されていますが、現在まで確立された治療法はありませんでした。

興和株式会社の村上健太郎研究員、東京大学先端科学技術研究センターの田中十志也特任教授らの研究グループは、NASH動物モデル(注1)を用いて脂質異常症治療薬のペマフィブラート(注2)と糖の排泄を促すトホグリフロジン(注3)との併用治療効果を検討し、高トリグリセライド血症(注4)や高血糖に加え、非アルコール性脂肪肝炎に特徴的な病理像であるバルーニング(注5)を改善、肝がんを減らし生存率を改善することを明らかにしました。本研究成果は非アルコール性脂肪肝炎に対する新規治療法につながることが期待されます。

本研究成果は2022年2月18日に国際科学誌「Cells」に掲載されました。

4.発表内容

非アルコール性脂肪肝炎は2型糖尿病やメタボリックシンドロームとの関連性が強い病態で、脂質の蓄積に加え炎症やバルーニングと呼ばれる特徴的な風船様の肝細胞が見られます。また、繊維化(注6)を伴い一部の患者では肝硬変や肝細胞がんへと進展することが知られています。しかしながら、脂肪肝から非アルコール性脂肪肝炎への進行の機序には不明な点が多く残されているだけでなく有効な治療法も確立されていません。

肝臓におけるトリグリセライドの蓄積が非アルコール性脂肪肝炎の発症において中心的な役割をしています。トリグリセライドは肝臓において脂肪酸とグリセロールとから作り出されることから、脂肪肝の発症には肝臓への脂肪酸の流入増加、糖から脂肪への変換、脂肪酸合成の増加、VLDL(注7)としての肝臓からトリグリセライド分泌の障害、およびミトコンドリアでの脂肪酸の代謝障害が関与しているとされています。

研究グループは、肝臓の脂肪酸代謝を制御する核内受容体(注8)PPARαを選択的に活性化するSPPARMα(注9)のペマフィブラートと腎臓における糖の再吸収を阻害して尿中への糖排泄を促進するSGLT2阻害剤(注10)のトホグリフロジンの併用療法の効果について非アルコール性脂肪肝炎動物モデル(STAMマウス)を用いて解析しました。その結果、ペマフィブラートとトホグリフロジンの併用療法が高血糖および高トリグリセライド血症を持続的に改善し、非アルコール性脂肪肝炎に特徴的なバルーニングを顕著に改善することがわかりました(図1)。また、遺伝子発現解析の結果からこの併用療法は、脂肪滴の合成と分解の両方を促進させ脂肪毒性を軽減させることがわかりました。さらに、長期間投与における併用療法は腫瘍の発生を抑制し生存率を改善することが明らかになりました(図2)。

今回の研究では、過剰な糖と脂質によって引き起こされる非アルコール性脂肪肝炎の治療に脂肪酸の代謝を制御するSPPARMαと腎臓からの糖の排泄を促進するSGLT2阻害剤との併用療法が有効であることを明らかにしました。また、SPPARMαとSGLT2阻害剤との併用療法は非アルコール性脂肪肝炎だけでなく過剰な糖と脂質によって引き起こされる糖尿病の合併症(注11)などの組織障害に対する治療戦略としても期待されます。

5.発表雑誌

雑誌名:
Cells
論文タイトル:
Selective PPARα modulator pemafibrate and sodium-glucose 2 cotransporter inhibitor tofogliflozin combination treatment improved histopathology in experimental mice model of non-alcoholic steatohepatitis
著者:
Kentaro Murakami*, Yusuke Sasaki*, Masato Asahiyama*, Wataru Yano, Toshiaki Takizawa, Wakana Kamiya, Yoshihiro Matsumura, Motonobu Anai, Tsuyoshi Osawa, Jean-Charles Fruchart, Jamila Fruchart-Najib, Hiroyuki Aburatani, Juro Sakai, Tatsuhiko Kodama & Toshiya Tanaka*
DOI番号:
10.3390/cells11040720別ウィンドウで開く

6.用語解説

注1:NASH動物モデル
非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis: NASH)は明らかな飲酒歴がないにも関わらず脂肪肝から肝硬変や肝細胞癌へと進行する病態であり、これまでに有効な治療法が確立されていません。そのため、この様な疾患に対する創薬アプローチを行うために、種々のモデル動物の作製が試みられています。本研究では、生後2日目のマウスにストレプトゾトシンという薬物を投与し、糖と脂質が多く含まれている餌を与えることで脂肪肝からNASH、そして肝細胞がんを発症するモデル(STAMモデル)を用いています。

注2:ペマフィブラート
血液中の中性脂肪のトリグリセライドを減らし、善玉の高密度リポタンパク質(high density lipoprotein: HDL)コレステロール値を上昇させて心筋梗塞などの心血管系の病気の予防に使用される高脂血症治療薬。製品名はパルモディア。PPARαの活性化を介して効果を発揮するSPPARMα(注9も参照)。

注3:トホグリフロジン
インスリンの作用に依存せずに血糖を低下させる糖尿病治療薬。製品名はデベルザ。SGLT2を阻害して効果を発揮する(注10も参照)。

注4:高トリグリセライド血症
トリグリセライドは1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸がエステル結合したもので、中性脂肪の一つでTGまたはTAGと略される。血液中のトリグリセライドの値が150 mg/dL以上を高トリグリセライド低下作用と診断される。動脈硬化性疾患の独立した危険因子であり、多くは過食や飲酒、肥満やメタボリックシンドロームなどの生活習慣との関連性が強いことから、食事療法や運動療法による生活習慣の改善、薬物療法が必要となる。

注5:バルーニング(風船様変性)
肝細胞が高度に障害され、細胞質中に水分やタンパクの分泌ができなくなって細胞中に貯留するために、正常の肝細胞と比較して数倍に膨らんだ形態になった細胞。NASHの診断に使用される。

注6:繊維化
損傷した細胞を修復して新しい組織で置き換えようとする過程で、過剰な結合組織が蓄積した治癒に伴う瘢痕。慢性的な炎症でみられることが多く、傷害組織の置換と修復が繰り返されることで繊維化が進行すると、組織構築に異常をきたし機能が障害される。この様な組織構築の異常が広範囲に広がり肝機能が高度に障害された状態が肝硬変。

注7:VLDL
超低密度リポタンパク質(very low-density lipoprotein)のことで、肝臓で合成されるトリグリセライドに富むリポタンパク質。肝臓からトリグリセライドを搬出する役割を持ち、リパーゼによって分解されてコレステロールに富む低密度リポタンパク質LDLになる。

注8:核内受容体
ステロイド、ビタミンA、胆汁酸や脂肪酸などが結合する受容体でヒトでは48種類ある。核内受容体は転写因子として働き、糖や脂質の代謝、炎症反応、発生・分化など様々な生理機能の調節関わっている。また、核内受容体の機能異常は生活習慣病やがんなどの発症とも関連していることから、薬開発のターゲットとなっている。

注9:SPPARMα
選択的PPARαモジュレーター(Selective peroxisome-proliferator activated receptor a)のことで、脂質異常症治療薬として使用されているこれまでのフィブラート系薬剤と比較してPPARα選択性を高めることにより、主作用である血清脂質改善効果を高めて副作用の発現を抑えることをコンセプトとした薬剤。

注10:SGLT2阻害剤
血液中の糖は、腎臓の糸球体で血液から原尿中に排泄されるが尿細管で再吸収されて血液に戻ります。この糖の再吸収を担うタンパクがSGLT2(sodium-glucose co-transporter 2)で、インスリンに依存せずにSGLT2の働きを阻害することで糖を尿中に排泄させ、血糖値を低下させます。リンゴやなしの樹皮に含まれる配糖体のフロリジンが尿への糖排泄を促すことから血糖を低下させる薬剤として開発された。

注11:糖尿病の合併症
長期間、高血糖が続くと血管が脆弱になり全身に障害をもたらします。とりわけ、細い血管から栄養が運ばれてくる網膜、腎臓、および神経の障害は三大合併症と呼ばれている。それだけでなく、糖尿病患者では動脈硬化症も進行していることが多く、心筋梗塞や脳梗塞といった大血管障害、歯周病や肺炎なども合併しやすいことが知られている。

7.添付資料

図1

図1:併用治療によるNASH発症予防効果 (A)血清トリグリセライド、(B)血糖値、(C)肝肉眼的所見と組織像、(D)バルーニングスコア。対象群と比較してペマフィブラートとトホグリフロジンとの併用群では血清トリグリセライド、血糖値、バルーニングスコアの有意な改善が認められた。

図2

図2:NASH肝腫瘍に対する併用治療効果
(A)生存曲線、(B)腫瘍数、(C)肝肉眼的所見。

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