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異分野鼎談からみるロシアの「軍事」×「音楽」

  • 先端研ニュース

2022年7月20日

先端研の特色の一つは、文系と理系の垣根を越えた領域横断で研究に取り組める自由度の高さです。高度な専門知が、異分野と融合することで、新たな切り口が生み出されます。

5月27日、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻の先端アートデザイン学第7回では、ロシアの軍事・安全保障が専門の小泉悠講師(グローバルセキュリティ・宗教分野)、長年、音楽など芸術分野を取材している吉田純子朝日新聞編集委員を招き、ロシアの「軍事」×「音楽」をテーマに東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターでもある近藤薫特任教授(先端アートデザイン分野)と鼎談しました。

  • 左から吉田純子朝日新聞編集委員、グローバルセキュリティ・宗教分野 小泉悠講師、先端アートデザイン分野 近藤薫特任教授

ロシアのウクライナ侵攻の長期化は、スポーツや文化、芸術の世界にも大きな影を落としています。クラシック音楽界では、世界的なロシア人指揮者のワレリー・ゲルギエフ氏が、国外の楽団で解雇されました。鼎談のファシリテーターを務めた近藤特任教授は、ゲルギエフ氏とプーチン大統領の親密な関係性に触れ、「芸術が政治から自立性を担保できるのか興味深い」と切り出しました。


  • ボリショイ劇場
  • 吉田編集委員は、同氏を「プーチンという人の1つの夢を叶える存在」と評しました。ゲルギエフ氏はメディア戦略に長け、西側の劇場との共同制作でそのノウハウや資金を調達。ソ連崩壊後、疲弊していたボリショイ劇場の再建にも大きな役割を果たしたそうです。プーチン氏については、2014年のソチ五輪の開幕式・閉幕式を引き合いに出し、「ロシアの芸術を全面に打ち出した大変なスペクタクル。プーチン大統領は、芸術に対しコンプレックスに近い憧憬があると思う」と語りました。
    このコンプレックスについて、小泉講師は、プーチン大統領個人だけでなく、ロシアという国自体が西欧に抱いているものだと指摘。人口約1億4,600万人のうち、3分の2はアジアと欧州の境界となるウラル山脈より西側に、その半数はモスクワやサンクトペテルブルクなど欧州に近い大都市に住んでいます。地政学的観点や生活様式から見ても、欧州は身近な存在です。小泉講師は、プーチン大統領がまだ首相だった1999年の暮れに発表した論文「千年紀の狭間におけるロシア」に触れ、「我々はヨーロッパの国であると非常に強く訴えている。間違いなく欧州なのに、何となくいつも輪の中に入れない。逆に自分達にはハイカルチャーがあるよと、少し違う生き方をしているように感じる」と、ロシア人のハイカルチャー好きは、強烈な西欧へのコンプレックスの裏返しであると分析しました。
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  • 一方、欧州に近い感覚を持ちながら、ウクライナ侵攻に対し、なぜロシア国民から政権を揺るがすほどの声が上がっていないのか。吉田編集委員の問いに、小泉講師は、政権の統制下にあるメディアからの情報の影響や、プーチン大統領への支持層が一定数いるとした上で、「広大なロシアには、核弾頭と人工衛星のみが産業というような田舎町がある。そういう町の若者がどういう世界観を持つのか、私たちには分かり難いものがある。我々が考える西側のリベラルな秩序を、インターネットでつながっているからといって当然、誰もが共有している訳ではない。全然違う世界観がこの世の中には併存している」と述べました。

    また、国内で相次ぎチャイコフスキーの序曲「1812年」が、演奏プログラムから外されたことが話題になりました。ナポレオン率いるフランス軍を撃退したロシアをたたえた壮大なスケールの曲で、吉田編集委員は「演奏を取りやめた監督に話を聞いたが、ロシアの音楽がダメなのではなく、あの曲がやりづらかったようだ。大砲や鐘の音が鳴り、すごくはしゃいでいる」と話しました。小泉講師は「最後まで誰もつっこまずに、はしゃぎきるのが魅力であり、危なさでもある。ドストエフスキーも重厚と思われがちだが、ギャグのよう。登場人物は大真面目に突っ走る。でも緊張を緩和させないと人間はもたない。そこに笑いがあることで救われる」と語り、元コメディアンであるゼレンスキー大統領と、プーチン大統領を対比しました。近藤特任教授は「クラシックは緊張と緩和でできている。緊張感にもいろいろ種類があり、ストーリー性を作っていく」と解説しました。

最後に、ロシアの独自性について意見が交わされました。吉田編集委員は西欧で栄えた優雅なサロン音楽と比較し、ロシア音楽を「民族的で獣臭がするような、ロシア人の魂のような象徴」と表現。一方、「鉄のカーテン」と称されたソ連時代は、明らかに各国とは一線を画す傑出した演奏家を輩出していたのに対し、近年は、音楽家たちが海外に流失し、演奏の均質化が進行。バレエ界でも、欧米諸国やアジアなどで優れた技術を持つバレエ団が育っており、ロシア古典の存在感が薄くなっていると語りました。小泉講師も、近年、宇宙産業ではインドや中国が台頭し、エンターテインメント界でもロシアは世界で通用するカルチャーを発信できていないと指摘。ロシアにしかない独自の魅力を残しつつも、国全体が内向きになっていると現在のロシアの情勢を読み解きました。

  • ロシアの音楽や軍事について意見を交わす
  • ロシアの音楽や軍事について意見を交わす吉田純子朝日新聞編集委員、小泉悠講師、近藤薫特任教授(左から)=Zoom画面より

先端研は東大の附置研究所で唯一、博士課程「東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻」を有しています。長期履修制度など社会人が学びやすい立地・入試・カリキュラムで、在学生の半数近くが社会人です。また、多彩な領域の教員や学生、留学生と議論ができる交流の場があり、専門性を深めながら、分野を超えた発信力と卓越した展開力を得ることができます。

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