小型軽量で介護負担を軽減する移乗・移動支援機器の開発
- 先端研ニュース
2011年10月14日
背景
超高齢化が進行する日本において介護労働の需要は増加の一途だが、一方で介護従事者を取り巻く環境は厳しく、年間離職率は実に21%に上っている。この要因の一つに、介護作業の肉体的重労働が問題となっている。ある調査研究では、介護作業によって、介保健医療従事者のうち看護労働者の64%、介護労働者の77%が腰痛を患った経験があるという結果が出ている。介護作業のうち移乗、すなわち被介助者を車いすからベッドからへ移動する作業は、特に腰を痛めやすい。介助者が被介助者を中腰姿勢で支えることで、腰部に高い負荷がかかりやすいためである。このような状況のなか、介護負荷軽減のため国内や海外で様々な移乗補助機器が開発されてきた。しかし、いずれも可搬性や作業性、安全性、コストといった問題のために介護現場に普及せず、介護従事者は依然として高い負担を強いられている。日本では、要介護2~3程度の、立位が困難だが座位は可能な要介護者、すなわち座位移乗可能者は2006年時点で130万人超、要介護・要支援者全体の3割以上を占めている。現状では、その大半が車いす等からの持ち上げ移乗により負荷の高い介助がなされている。この障害度の被介護者を全介助から部分自立での座位移乗に切り替えることが介護従事者の大幅な負担軽減につながる。以上のことから、日本では、標準的な車いすでも適用可能な安全で低コストな移乗補助装置の潜在ニーズが高いと考えられる。
研究開発の目的
本開発では、標準型車いすでの座位移乗を簡易に実現するため、小型スツールとトランスファボードを組み合わせた「トランスファ・スツール」を試作開発した。本機器は、介護現場の負担軽減を図り、使いやすさや可搬性を優先した、要介護者にとっても安心感のある座位移乗の実現を目指すものである。つまり、車いす使用者が自らの残存能力を活用し、かつ、介助・介護者の負担を軽減することを目指した機器開発研究である。
本スツールは、イス型フレームの上部にトランスファボードを結合した構造を有する。従来のトランスファボードを標準型車いすで適用すると板が大きくたわみ傾き、安全な移乗は非常に困難であったが、本スツールでは下部フレームによりボードを支持し、標準型車いす利用者でも安定した座位移乗が可能となる。また、シンプルな構造で小型軽量とすることで可搬性を高め、施設同フロアのステーションや近くの居室からの頻繁な運搬にも対応できる(図参照)。
図1 完成したトランスファ・スツールの試作機器1
図1 完成したトランスファ・スツールの試作機器2
東京大学と北海道立総合研究機構(旧北海道立工業試験場)、および(株)プラウシップの3者は、標準型車いすにおける移乗補助方法の予備調査を平成18年度より開始している。平成20年度より『ものづくり産業活性化支援事業』(札幌市、H20)、平成21年度より『重点地域研究開発推進プログラム(地域ニーズ即応型)』(独立行政法人科学技術振興機構、H21)、平成22年度独立行政法人福祉医療機構(福祉用具研究開発事業)「小型軽量なトランスファー・スツールの開発事業」により計3年間の開発研究を実施している。
その中で、研究グループでは移乗・運用・経営の観点から、移乗補助装置は、車いすとベッド以外に支持部を有するイス型トランスファボード(トランスファ・スツール)が有効であり、開発には以下の基本仕様を満たすことが必要との結論に至っている。
- トランスファボード中央に床面からの支持部を設け、ボードのたわみを押さえる基本構造とする。
- 手で持って楽に運搬できる程度まで軽量化し、運搬性を確保する。
- 車いすの座面高さの変化に対応するため、座面高さ調整機能を設ける。
- セッティング等の作業性に配慮し、移乗に要する手技の簡略化を図る。
- 低コスト化が容易な構造とする。
これらの知見をもとに、本開発を進めた。
現在までの研究成果として、ツールの設置時の作業性や移乗時の動線、移乗時の安定性などを医療介護部門と検討を重ね、上記の基本仕様を満たしつつ、従来の移乗補助機器に比して高い安全性と作業性を兼ね備えた試作機器を開発した。
現在、開発した最終試作機を用いて長期運用試験の実施を実施しており、使用状況や運搬保管など、運用上の問題を解決したのち、数年内での製品化を目指す。なお、使用方法は下記PDFを参照とされたい。
特許出願状況
移乗補助装置
特願2007-321523
(2007/12/13)
株式会社プラウシップ
北海道
北海道ティー・エル・オー株式会社
田中敏明
中島康博
千葉武雄
(出願中)
データファイル図2 小型軽量なトランスファ・スツール:使用法 (PDFファイル:263KB)