先端マルチスケール流体科学
先端研究の現場で流れの哲理を探る
幼少期にピアノを習っていた頃、音楽の基本はピアノという言葉を何度か耳にした。これはピアノ特有の広い音域、多彩な音色、明快で普遍的な音楽理論が楽器の類を超えて音楽全体への理解をもたらすという意味だと解釈している。アナロジーを借りて表現すれば、流体力学はSTEAM (Science, Technology, Engineering, Arts,and Mathematics)におけるまさにピアノのような存在である。数理科学の観点からSTEAM分野の問題を俯瞰すれば共通する機能や構造が浮かび上がり、やがて流体力学へと辿り着く。基礎では絶対零度付近で粘性を失う液体ヘリウム、応用では河川の水流、車の渋滞、航空交通、人の集団行動など、これらの非線形性を示す現象には常に流体力学が背景にある。物理エンジンによるCGアートにも流体力学は欠かせない。
流体力学は人類史でも特に長い歴史がある学問である。水理学は古代文明の治水や灌漑にはじまり、古代ギリシャのアルキメデスによる浮力の発見は流体静力学の発展に大きな役割を果たした。ルネサンス期にはレオナルド・ダ・ヴィンチが多くの渦流スケッチを残し、後世の乱流研究に通じる視座を示した。18世紀にベルヌーイが著した「Hydrodynamica」では理想流体の理論体系化が示され、分子運動論の端緒も提示された。19世紀にナビエ・ストークス方程式が導かれて以降は、渦や乱流、境界層理論などが発展を遂げている。
一方、微視的な描像と連続体としての流体の理解は相対してきた。これは流体を原子・分子の集団とみる存在論か、観測可能な現象のみで記述する現象論に立脚すべきかの哲学的立場の違いによるもので、ボルツマンとマッハの論争はその象徴だと言える。マクスウェルやボルツマンの貢献により分子運動論は統計力学へと昇華され、1900年に数学者ヒルベルトが提示した23の問題の第6問(物理学の公理化)に関連し、チャップマンやエンスコッグは分子運動論の巨視的記述として流体方程式を導いた。クヌーセンは流体力学の適用限界を示す定量的な指標を導入している。コロモゴロフのK41理論は完全発達乱流におけるマルチスケール構造とスケール間のエネルギーカスケードを記述し、K62理論は多重フラクタル理論の先駆けとなった。
ヒルベルトの第6問は「微視的スケールの力学が巨視的スケールへどう伝達されるか」とも解釈できるが、その数理的な答えは得られていない。特に液体ヘリウムのように、量子作用が日常スケールにまで波及して生じる特異な流体現象のメカニズムは未解明である。マルチスケール流体力学の特性は、磁性流体をはじめとする機能性流体にも共通して観測されており、その解明は基礎科学のみならず、応用分野にも大きく貢献する。
先端マルチスケール流体科学は、人類の歴史とともに歩んできた流体力学の深淵に思いを馳せつつ、STEAM諸分野に関わる多様な流体力学の課題に対して、理論から社会実装までの解決を志す。そして20世紀の幕開けとともに提示されたこの宿題に正面から向き合う、そんな挑戦的な学問である。

- 複雑形状をした構造物と流体の連成相互作用を含む自由界面シミュレーション
オフのときは剣道家としての顔を持っています。時間の許す限り、また研究や人生で行き詰まったときには、子供の頃からお世話になっている地元の剣道会に顔を出し、師範の先生方にご指導を仰いでいます。将来的には地元の少年剣道の指導に携わりたいと思っています。剣道では「心」は理(ことわり)を意味しますが、心無いニュースの多い昨今、心を大切に生きて生きたいと思っています。特に理学研究では、研究への心構えや取り組む姿勢が大切だと思っています。いろいろなことに詳しいとか、数理的思考ができるとか、解析力があることは研究者として必須の能力ではありますが、心構えを間違えば、走り出す方向を間違えてしまいます(ただし、後者がない場合は、方向は合っていても今度は走って行けません)。研究成果の社会への直接的なインパクトが重視される昨今だからこそ、心構えが大切ではないかなと思うこの頃です。
メンバー

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- 都築 怜理 講師
専門分野:流体力学
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