先端研キャンパス大改造スタート

隅蔵 康一(先端学際工学専攻・軽部研究室)

解体工事はじまる

夏の暑さも一段落した9月中旬、我らが先端研キャンパスの18、19号館(裏表紙の地図参照)の解体工事が開始された。中庭方面から生協に至る際に横切るレンガ模様の二つの建物が18、19号館であり、そこで作業が進行しているのを多くの方がご覧になったことだろう。今、この場所で何が始まろうとしているのだろうか、センター長の岸輝雄先生と施設掛の小松崎丈夫さんにお話をうかがったところ、このキャンパスの将来像が明らかになってきた。

18号館の意外な歴史

キャンパスの将来像の話に入る前に、簡単に歴史を振り返ってみることにしよう。
我々が日々の研究生活を営んでいるここ駒場第二キャンパスは、戦前の東京帝国大学の時代に、その附置研究所の航空研究所があった場所である。今回取り壊された18号館は。その航空研の材料分野の建物として利用され、ここで航空機用のアルミ合金としてジュラルミンの研究がなされていた。1938年に長距離飛行の世界記録を樹立した「航研機」の製造にもその技術が活かされていた。のちの宇宙航空研究所時代にもここで様々な材料の研究が行われ、ロケット用素材の開発などに貢献した。解体前に中に入ってみると、鍛造機とドローベンチがそのままの形で残っており、その他にも圧延機の土台や押し出し機の駆動系などが残され、航空研当時の面影をとどめていた。
時は移って1987年、先端研が設立された。設立当初、岸先生と故大越孝敬先生(初代センター長)は、「18号館を音楽堂に、19号館をカフェテリアにする」という夢を抱いていたそうだ。しかしその夢も、ついに実現されることなく終わることとなる。

駒場第二キャンパスの未来予想図

これらの建物が取り壊される運命になってしまったのは、現在六本木にある生産技術研究所が本キャンパスに移転してくるためである。このキャンパスでは今、大改造計画が実行されようとしているのである。
岸先生によると、現在の計画通りにことが運べば、東側(正門から入って左手)に生産研、西側(同、右手)に先端研、そして正門と西門に挟まれた一角に駒場リサーチレゾナンス(後述)という配置が完成することになるとのこと。そのための手順として、まず西側のいくつかの建物を取り壊し、そこに新しい研究棟を建てて東側にある先端研の研究室を移転させ、東側に生産研の入るスペースを空ける必要がある。その第一段階が、先日の18、19号館の解体だったというわけだ。これまで、その後の工事のタイムスケジュールに関しては未知数の要素が大きかったが、9月下旬に、生産研移転のための予算が補正予算でつくことが急遽決定されたため、今年度中にも西門近くの敷地に先端研の新しい研究棟を作る運びとなった。
そこで、今後近日中に、西門の近くの15、16号館が解体される予定である。いずれも現在は使われていないが、16号館には、一昔前までは床屋があり、安い料金で散髪してくれたそうだ。それに加え、工作工場の入った58号館も取り壊される。その他今年度中に、次の4つの建物が壊されることになっている。15号館の北隣にあり、入り口を封印してだれも入れないようになっている32号館、11号館の奥にひっそりと存在する25、33号館、それに、ヤギ小屋の近くにあり卓球台が入っている17号館である。
来年度には、工学部の風洞がある4号館、その隣で倉庫として使われている5号館を取り壊す計画があるそうだ。
さて、18、19号館の解体工事と同時に、西側テニスコートの奥にある煙突の解体も始められたことにお気づきの方も多いだろう。ツタの絡まった煙突は、一夜にして緑のベールを剥がされ、白い覆いをかけられてしまった。一気にテニスコートの側に倒して壊すという大胆な案も検討されたそうだが、結局上の方から地道に壊してゆくことになったらしい。この煙突がそびえる建物は24号館と呼ばれるが、建物自体の取り壊しは来年度以降になる。 この煙突は、財産管理上先端研に所属するものだが、 24号館自体は実は宇宙研のものであり、手元の資料によると宇宙推進系実験室という名称もついているのだ。どこでどういう手違いがあってこんなことになってしまったのだろうか。長い歴史の中では、いろいろなことが起こるものだ。
前述のキャンパス大改造計画が完成されるまでには、現在ある建物は13号館(時計台のある建物)以外はすべて取り壊される運命にあるという。但し、1号館(正門付近東側)に1930年から存在する巨大風洞設備を壊してしまうのはたいへん惜しいので、これを残すため、風洞をすっぽりとおおうような形で生産研の建物を作ることが現在検討されている。建物が一新されるばかりではない。岸先生が語ってくださった新キャンパスの青写真によると、航空研究所時代から緑地帯であり、現在もサッカーなどで利用されている中庭は、拡大され大きなグラウンドになる。また、キャンパスを取り囲む形で駐車場が作られ、そのかわりに構内は車両入構禁止になる。まさに大がかりな計画だが、小松崎さんによると、完成までにあと10年くらいはかかるということだった。
ここ70年あまりの間わが国の科学技術の発展と共に歩んできた歴史ある建物は、物理的には失われてゆく運命にあるが、私たちがそれを記録にとどめることにより、永遠の生を受けることができる。それこそが先端研探検団の使命と考え、今後も活動を続けてゆきたい。

東京大学駒場リサーチレゾナンス

さて、新キャンパスの青写真の中に含まれている「駒場リサーチレゾナンス」とは何だろうか。パンフレットをもとにこの新組織の全貌に迫ってみよう。
駒場リサーチレゾナンスとは、これまでの産学共同の枠組みを超えた新しい国際的な大規模産学共同研究のための戦略的拠点を目指すものである。レゾナンスとは「共鳴」を意味する。企業と大学の協調によって次世代を担う技術を創出するために、少ないエネルギーで効果的に増幅を行う共鳴器として機能する組織を作るという意図でこう命名されている。この組織の目指す産学共同研究と従来のそれとの違いは、従来のものは技術の卵を雛鳥まで育てるのに対し、この組織は技術の雛鳥を実際に広く使用されうる若鳥の段階まで増幅するというところにある。これにより、産業界は研究成果をすぐに企業化することができ、投資効率の高い未来型開発研究を行えるのである。岸先生は、多くの外国人研究者を招聘し、国際性の高い組織にしたい、と抱負を語ってくださった。
数年後には予算がつき、先端研と生産研が共同して新しい組織作りを進めていくことになるだろう。

異分野間研究交流の促進に向けて

先日先端研を訪れたある研究者は、緑豊かなこのキャンパスの環境に触れ、都会の中にもこんな場所があったのかと驚いていた。渋谷や新宿に近接しながら、夏にかぶと虫が捕れる場所など滅多にあるものではない。キャンパス改造計画によって、そうした環境の一部が失われてしまうとしたら残念な気もするが、限られた土地を有効に利用して研究を一層活性化するためには致し方ないことだろう。
ゆくゆくはキャンパスの大改造が完了し、今よりもずっと多くの人がこの場所で研究生活を送ることとなろう。そのとき我々は、キャンパスの人口密度の増加によるデメリットを甘んじて受けるだけであろうか。それともより多くの研究者との交流の中でみずからの研究のさらなる発展のきっかけをつかむことができるであろうか。キャンパス改造が真に実りあるものになるか否かは、ここで暮らす我々一人一人の考え方にかかっているような気がしてならない。

<1995年10月発行 先端研探検団 第一回報告書5頁掲載>

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