017:伊藤 志信 特任准教授

伊藤 志信 特任准教授

伊藤 志信 特任准教授

伊藤 志信 特任准教授

先端アートデザイン 分野

公開日:2023年 9月28日

アートデザインで、感性が価値を増す人と自然がシナジーするサスティナブルな社会を実現する

1987年に発足して以来、文理融合の学際的研究拠点として進化を遂げてきた東京大学先端科学技術研究センターだが、2021年には新たな試みとして「先端アートデザイン分野」が開設された。人間中心主義に基づいた科学技術の発展を見直し、自然を中心にした「Nature-Centered(自然主義)」の概念を新たに掲げた本分野には、先端アートデザイン領域の第一線のプロフェッショナルたちがメンバーとして名を連ねた。

その中の一人が、イタリアのミラノで活躍するデザイナーの伊藤志信特任准教授だ。同じくデザイナーの伊藤節特任教授(先端アートデザイン分野)と共同で代表を務めるSetsu &Shinobu ITOデザイン事務所で家具やオブジェをデザインし、和の文化継承やサステナビリティの実現にも取り組む。建築からインテリア空間、プロダクトパッケージデザインまで多岐にわたるデザインを総合的に行なっているディレクターでもある伊藤特任准教授のインタビューからは、デザインと科学の協働の新たな可能性が見えてきた。

人間の内にある自然を呼び覚ますデザイン

自然から得た感動や生き物への畏敬の念を大切にし、石や木などの素材を生かし、自然の造形や移り変わりをデザインで表現する、「Nature Senses」を伊藤特任准教授は大切にしていると語る。
その自然が取り込まれている「AUソファー」は、巻貝の形から着想を得た。置いてあると思わず、近寄って座りたくなるデザインだ。さらにこの椅子は、移動させ、組み合わせることで、人と人との新たな関係性をも作り出す。

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巻貝の造形から着想を得た「AUソファー」

「科学技術に囲まれて忙しく生活する現代人は、内側にある自然を感じることを忘れがちです。私はデザインの力で、人間の内なる自然に触れ、それを呼び起こしたいと考えています。そのためには人間よりもはるかに大きなスケールの自然や宇宙のダイナミズムを取り込んでデザインする必要があるのです」
森林や山や海だけではなく、人間の中にも自然があり、その内なる自然に伊藤特任准教授はデザインを通じて迫ろうとしている。

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大理石の多様性を活かして森や水を表現した作品「ストーンフォレスト」

デザインの強みは、本人も自覚していない情動を揺り動かす力があることだ。伊藤特任准教授のデザインは、人間工学的な観点だけでなく、精神に及ぼす影響についても考えられている。先に紹介した「AUソファー」は、大人だけでなく小さな子どもをも惹きつける。近寄って座ってみたり、思わず触れてみたりしたくなる。このような理屈ではない原始的な衝動に従って行動すると心地良さが生まれる。忘れていた自然が内から呼び起こされ、郷愁のような気持ちに満たされるからだ。求心力をもつこと、見た人が触れたいという衝動が湧き起こること、また、見る人によって異なる視点や感覚が生まれることを目指してデザインされている。

コロナ禍が人々に気づかせたこと

2019年新型コロナウイルスの流行で人々の営みが大きく変化した。人と会う機会が奪われ、物に触れることも憚られるようになった。プロダクトデザイナーの仕事はこれまで通りにはいかなくなったはずだ。しかし、それは「いつの時代にもあった波のひとつ」だと伊藤特任准教授は軽やかに語る。

「例えば、インターネット通信の登場で、紙とペンで行われていたコミュニケーションの在り方ががらりと変わったように、私たちは変化の波を乗り越えながら生きてきました。オンラインのコミュニケーションが増えることで世界がフラット化していくことの弊害は起こると思いますが、逆にそのおかげでもっと輝いて見えることもあるはずです」

実際、コロナ禍によって、より強くデザインの役割が浮き彫りになった分野があった。インテリアデザインだ。自分の家で過ごす時間が増えたため、自分が使う空間をもっと心地よくしようと考える人が増えた。伊藤特任准教授のもとにも、ダイニングテーブルやベッドなど、自宅用の家具のデザインの相談が多く寄せられた。

「コロナ禍のステイホームの経験を経て、身近なものを大切にしたいという思いが人々の中で高まっています。身の回りの物のデザインは重要です。たとえ小さな道具ひとつでも、そこにデザインが介在すれば、その道具が置かれた空間を豊かにし、使う人の精神性も高めることもでき得るからです」

現在、バーチャルリアリティやゲームの世界など、仮想現実の技術が進んでいるが、逆に揺り戻しのような動きも起こっている。物や素材に対する欲求は、これから先、さらに出てくるかもしれない、と伊藤特任准教授は続ける。

「世界は、戦争やパンデミック、地球温暖化やエネルギー問題など、たくさんの問題を抱えています。しかし、そのような状況だからこそ、ますます感性が重要になってくると考えています。デザインが社会に貢献できる場面はこれから増えてくると思います。科学技術だけでなくアートやデザインが協働することで、新しい技術や価値が生まれるかもしれません」

伊藤 志信 特任准教授2
インタビューに応じる伊藤特任准教授

デザインの本質を追い求めてイタリアへ

伊藤特任准教授が活動場所を日本からミラノに移したのは30代の頃だ。当時、伊藤特任准教授は、日本の大手企業のデザイナーとして働いていた。日本はバブル経済のまっただなか。良いものを作れば作っただけ売れていく時代で、デザイナーはマーケティング調査を基に製品をデザインしていくことが多かった。しかし、伊藤特任准教授はデザインのそのような在り方に疑問を抱くようになった。デザインには新しい価値の提案や、メッセージを発信していく役割もあるのではないかと考えていた。

そして、その思いは、イタリアのデザイナーグループ「スタジオ・アルキミア」の活動との出会いによって強まった。

「日本で行われた展示会でアルキミアの作品群を見て、個々の作品の持つアイデンティティの強さに衝撃を受けました。アルキミアのデザインは、当時の世界の主流であった機能性や合理性を重視したスタイルとは真逆のものでした。クライアントからの制約なしに作りたいものを作る。自由で前衛的な表現がデザインの中にふんだんに取り込まれていました」

アルキミアのようなデザインは、それを受け入れる社会があってこそ生みだされる。伊藤特任准教授は、アルキミアを率いる建築家でデザイナーのアレッサンドロ・メンディーニ氏が住むミラノに拠点を移し、自分のデザインに対する考え方をもう一度見直すことにした。ミラノに渡った伊藤特任准教授は、まずは現地の大学の修士課程に所属しながらイタリア語を勉強した。その後、ミラノでデザイン会社を設立して今に至っている。


和の美の本質を探る

デザイナーである伊藤特任准教授の目から見たイタリアは、どのような土地柄なのだろうか。

「イタリアでは、人間の持つ豊かな多様性や個のオリジナリティが、貴重で価値あるものだと位置づけられています。そのため、デザイナーやアーティストの感性やアイデアを広く受け入れる社会の空気があります。日本のように最初から条件を当てはめて排除するのではなく、どんな考えもまずは受け入れて、その後で評価するのです」

さらに、伝統を大切にする一方で、新しいテクノロジーも積極的に取り入れる国だと伊藤特任准教授は説明する。まず受け入れてから評価するという文化が、テクノロジーの受容に対しても反映されていることがわかる。

イタリアに住むことで、伊藤特任准教授は自分の中にある和の感覚を以前よりも意識するようになった。いろいろな人から日本の文化について尋ねられ、イタリア語で茶の湯を説明することになって、改めて理解を深める場面もあった。
和の心はデザインにも存分に活かされている。平面の紙を折って立体を作り上げる「折り紙」の美学。その本質を抜き出して西洋のアイテムに置き換え、パーテーションを作った。また、リサイクル可能なプラスチックを深い色味で仕上げて整形し、漆器のような器を作り上げた。伊藤特任准教授は和と洋を融合させて和の価値に新しい光を当てる作品も多数制作している。

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日本の漆器のようなこの器は、リサイクル可能なプラスチックでできている

「芸術学の観点から、西洋と東洋という分類はありますが、和に関して明確な定義が存在しません。和という切り口は非常に多くの要素を含むのです。例えば、日本人の持つ自然観、匠や民芸の心、民族性、そして宗教観も大きく関わっています。そのような和の持つ特徴を考え続けながら、デザインを行なっています」

アートやデザインでサステナビリティに貢献する

デザイン業界でも使われる素材は変化している。かつては牛革や毛皮は、ヨーロッパの富の象徴であったが、今は避けられつつある素材である。環境への負荷が大きい製作工程や流通は見直され、変化している。
サステナビリティが今、最も気になっている伊藤特任准教授はデザインの力で、廃棄物に新たな価値を生み出すリサイクルアートにも取り組んでいる。廃棄されるコンテナから作ったベンチは、大学に設置した途端、若者たちが寄ってきて楽しそうに使い始めた。耐久性の高いコンテナは廃棄物としては厄介者だが、野外に置くベンチとしては有能である。

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本来廃棄される使用済みコンテナを使って作られたユニークな形のベンチ

また、モルディブの1つの島で、空き瓶や空き缶、洗剤のプラスチックボトルを再生してアートにする試みも行った。制作されたアートは展示会で披露され、作品として販売された。ゴミという、本来マイナスだった価値が、アートとなり、富となる。これもアートやデザインの持つ力だ。
「デザインによって価値を転換することができます。しかしそこがゴールではなく、その作品に触れた人に何かを感じてほしい。100人のうち、1人でも発見があり、環境を大事にしようと思って行動を起こしたとしたら、また誰かに伝わっていきます。メッセージを押し付けたくはないのです。見たり使ったりしてもらう中で、何かが伝わると嬉しいです」

匠の手仕事に注目する理由

「made by hand 思考」は現在取り組んでいるテーマのひとつだ。デザイナーとは違って、手で考えているかのように素材と対話し、物を作り上げる職人や匠の手仕事。伊藤特任准教授は、日本やイタリアの匠を訪ねてインタビューをしている。その際は、出来上がった作品だけでなく、作品の制作過程にもフォーカスをする。それらをアーカイブすることで、匠の仕事が生み出す癒しや温かさの正体を突き止めたいという試みだ。

「made by hand思考を研究していくためには、結果だけではなくてプロセスにも注目することが重要です。プロセスには、技術的な話だけでなく、どのように考えたかということや、どうやって話し合って作ったかということも含まれます。イタリアの匠と一緒に作品制作を行うと、プロセスの重要さがよくわかります。イタリアを代表する木工のマエストロと一緒に菊をモチーフとしたテーブルを制作しました。テーブルの縁という概念をなくし、つながりあっていく、インクルーシブなデザインは、匠の技がないと成し遂げられませんでした」

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縁のないインクルーシブなこのテーブルは、先端研4号館1階にも置かれている

科学技術の発展は世の中を便利にしてきたが、効率性を重視した社会の在り方は、時に人を不安にさせる。匠の仕事を知ることは、私たちの生産や消費に対する考え方を変えるきっかけになる。環境と共生する暮らしのヒントも匠のもつ「手の知力」にあるのではないかと伊藤特任准教授は話す。

人間中心主義からNature-Centered へ

先端研とは当時所長であり教授であった神﨑亮平シニアリサーチフェロー(東京大学名誉教授)とミラノでの縁により繋がり、その幅広く深い関心に感銘を受けた。その後、神﨑所長 (当時)が主宰を務める先端アートデザイン分野に参加する。

「本分野のNature-Centeredというコンセプトに賛同し、参加しました。神﨑先生と話していると、科学とアートデザインの融合だけでなく、哲学や宗教との融合も目指していることがわかり、強く興味を惹かれました。私は常々、日本の和のデザインを考えるときに、日本人の自然観、宗教観が影響しているのではないかと考えていました。先端研なら科学だけでは見つけられないような人間や自然の本質に、異分野の融合を行うことで迫っていけるのではないかと期待しています」

先端研に所属したことで、日本を代表する研究者たちと交流し視野が広がったと伊藤特任准教授は話す。
「よりいっそう責任を持ってデザインをしていくと同時に、研究を形にして広く伝えていきたいです。他分野の研究者たちと交流をより深め、社会のためになるデザインをしていきたいですね」

撮影:世利 之


伊藤 志信(いとう しのぶ)
伊藤 志信(いとう しのぶ)

プロダクトからインテリア、グラフィックデザインまで多岐にわたるデザインを総合的に行っているデザイナー・デザインディレクター。多摩美術大学卒業後、CBSソニー(現ソニーグループ)、ソニークリエイティブプロダクツを経て、渡伊。ドムスアカデミー修了後に独立し、ミラノにデザイン事務所を設立。イタリアを中心に世界各国で作品発表・展示会を行い、Compasso d’oro金賞(伊)、IF Design賞(独)、Reddot Award - Best of the Bests賞(独)、Design Plus賞(独)、The Good Design賞(米)など多くの国際デザイン賞を受賞。 2021年から現職。ミラノ工科大学 特任教授、多摩美術大学客員教授も兼任している。
 

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