015:岩本 敏 教授

岩本 敏 教授

岩本 敏 教授

岩本 敏 教授

極小デバイス理工学 分野

公開日:2022年 2月 1日

光による情報伝送技術の飛躍的な進化を目指して――
「トポロジカルフォトニクス」の可能性を追求する

光の波長と同程度の周期構造を持つ、「フォトニック結晶」という人工の構造体がある。光による情報処理の自由度を大きく高める可能性を持つものとして、数十年前から研究が進められてきた。
近年、フォトニック結晶にトポロジーの考え方を適用すると、これまでにない新たな機能を発現できることが分かってきて、注目を集めている。その新たな分野「トポロジカルフォトニクス」とはどのようなものなのか。そしてその可能性は。
光の技術に新たな道を開くべく、この分野で研究を続ける岩本敏教授に聞いた。

「フォトニック結晶」とは何か

光を利用した技術、フォトニクスは、光通信や各種の光デバイスの形で実用化され、いまや社会に欠かせないものとなっている。そうしたなかで、フォトニクスに新たな可能性を開くものとして、ここ数十年にわたり研究が進められてきたのが「フォトニック結晶」である。
フォトニック結晶とは、屈折率が周期的に変化するような構造を持つ人工のナノ構造体だ。この構造体に光を通すと、光にさまざまな操作を加えることができる。光による情報処理の自由度を大きく高める可能性を持っている。

フォトニック結晶
図1 フォトニック結晶。半導体材料であるシリコンの板に等間隔に穴をあけてシリコンと空気を交互に配置したり(図左)、屈折率の異なる細長い材料を積み木のように組み合わせたり(図右)して、屈折率の周期構造を生み出す。この周期が光の波長と同程度であるため、フォトニック結晶は光に作用する。©岩本研究室

フォトニック結晶内での光の挙動は、通常の物質の中で電子がどう動くかと対比して考えると理解しやすい。 一般に物質は、原子が周期的に並ぶことで結晶構造ができ、その周期性によって物質内の電子の挙動が決まる。その結果、物質によって電気の通しやすさが変わり、導体、絶縁体、半導体といった電気特性の違いが現れる。そしてこのような電気特性が生じるのは、電子に波動性があるからである。

とすれば、電子と同様に波動性を持つ光もまた、周期構造によって挙動を制御できるのではないかと予測できる。原子による周期構造は、光の波長に比べて小さすぎるため、光に影響を与えることはできないが、光の波長と同程度の周期構造、すなわち、数百nm程度の周期構造を持つものであれば、光と作用し、さまざまな光学特性を示すのではないか。そうした発想のもと、研究が進められてきたのがフォトニック結晶なのである。

「フォトニック結晶は、シリコンの板に穴をあけたり、屈折率が異なる物質を組み合わせたりすることで、屈折率が周期的に変化する構造を持つように作られています。その屈折率の周期性により、フォトニック結晶は、特定の波長(または周波数)の光だけは完全に反射して通さないなど、通常の物質とは違う光学特性を持つようになるのです」
そう岩本教授は話す。フォトニック結晶の中を通ることのできない光の周波数領域は、「フォトニックバンドギャップ」と呼ばれる(図2)。その周波数領域の光をフォトニック結晶が100%近く反射することを利用して、ミラーが作られ、レーザー装置の中に利用されるなどしている。

フォトニック結晶のバンド図の例。
図2 フォトニック結晶のバンド図の例。光の周波数(縦軸)と周期構造中を進む方向(横軸)の関係を表したもの。図中の青色部分に入る周波数の光は、フォトニック結晶の中を通ることができないことを示している。この周波数領域が「フォトニックバンドギャップ」である。©岩本研究室

“欠陥”を作ることで新たな特性を持たせる

しかし、岩本教授が現在注力している研究において重要なのは、周期構造に起因するフォトニックバンドギャップによって得られる性質そのものではないという。逆に、その周期構造を乱した時に生じる性質がカギとなる。その点について岩本教授は、半導体の仕組みと対比させながら、次のように説明する。
「半導体デバイスは、シリコンなどの結晶に微量の不純物を混ぜて機能を生み出します。周期的に並んでいる原子の一部を他の原子で置き換えることで電子の挙動が変わり、電流が流れるようになります。それと同様なことが、フォトニック結晶でも起きます。つまり、屈折率の周期構造を持った結晶の、一部に手を加えて周期を乱すような”欠陥”を作ってやると、それまでになかった特性を持つようになるのです。たとえば点状に一カ所だけ、周期的に開けた穴を塞いだり、厚みを変えたりなどして欠陥にすると、その場所だけフォトニックバンドギャップがなくなり、そこにだけは光が入ることができるようになります。その結果、その場所に光を閉じこめることが可能になるのです」

光を一カ所に長く閉じ込めることができると、それは光ナノ共振器として機能する。光と物質の相互作用が起こりやすくなったり、光を長時間蓄えることができたりするため、レーザーや光メモリといったデバイスへの応用が期待されている。

クリーンルーム写真
フォトニック結晶を作るクリーンルーム。まず、レジストと呼ばれる保護膜状の部位に、設計図に従って電子線をあて、化学薬品で処理することによって周期的な穴を開ける。その後、レジストに出来上がった周期構造をシリコン板へと転写するとフォトニック結晶になる。その各工程を行う装置がクリーンルーム内に揃っている。

光回路を小型化するためのカギ

一方、欠陥を線状に設けると、光が通る道、すなわち、導波路を作ることができる(図3)。 光は導波路の形状に従って進むため、この導波路をたとえばZ字型に作れば、光を急に曲げることが可能になる。このような導波路を張り巡らせることによって、小さな空間で光を自在に行き来させることができるようになれば、光回路の小型化へとつながるだろう。
光回路を小型化する可能性を開くことは、フォトニック結晶の応用においてとても大きな意味がある。というのは、現在フォトニクスが抱える重大な課題の一つが、光回路の小型化が十分に達成されていないことだからだ。

欠陥部分を設けたフォトニック結晶。
図3 欠陥部分を設けたフォトニック結晶。左が欠陥を線状に作った場合で、右が点状に作った場合。それぞれ欠陥部分が導波路と光ナノ共振器となる。©岩本研究室

フォトニクスはいまや現代社会においては欠かせない技術だが、電子回路のような集積化の技術がまだ確立されていない。それがフォトニクスのボトルネックとなっている。つまり、フォトニック結晶を使った導波路は、その課題解決へ道を開く可能性があるのである。
ただ、このような、欠陥を利用した導波路が広く実用化されるようになるためには、クリアしなければならない技術的問題がある。なかでも大きいのは、線状の欠陥を設けて導波路を作る場合、どうしても残ってしまう不完全な部分や、導波路を急峻に曲げたところで、光が漏れたり反射したりしてしまうことだという。フォトニック結晶が極めて微細であるためだ。その結果、導波路から光が一部出ていってしまうなどして、損失が生じる。しかし、その問題を全く別の発想によって解決できる可能性がある。
「それがトポロジカルフォトニクスです。トポロジーの考えをフォトニクスに適用すると、光をほとんど完全に閉じ込める導波路を作ることができるのです」と岩本教授は語る。

トポロジーの考え方を生かして、より高機能な導波路を作る

トポロジーとは、ものの形に着目する数学の一分野である。たとえば、持ち手のあるコーヒーカップとドーナツのように、ともに穴が1つある形は、一方からもう一方へ連続的に変形できるので同じものとみなす、といった考え方をする。 「よく挙げられる例ですが、ドーナツとボールは、それぞれ穴1つと穴なしのため、トポロジー的(=トポロジカル)に別の形として区別されます。その意味するところは、たとえばそれぞれドーナツ型とボール型にあたる、流れるプールと通常のプールを想像すると見えてきます。流れるプールには渦ができませんが、普通のプールには必ず一つは渦ができます。そのように、渦のでき方が異なる状態が、トポロジカルに異なる状態だと言うことができます」

つまり、「渦がない場合」、「渦があって時計回りの場合」、「渦が反時計回りの場合」、の3つは、それぞれトポロジカルに異なるということだ。たとえば、地球の北半球と南半球の海洋では、生じる渦の向きが反対だが(北半球では時計回り、南半球では反時計回り)、それは、南北半球の海洋がトポロジカルに異なっている、ということだと言える。

そして、ここで注目すべきは、トポロジカルに異なる2つの構造が互いに接する境界における状態である。地球で言えば、南北半球の境界、つまり赤道だが、そこには必ず、一方向に向かう流れができるのである。これは「トポロジカルエッジ状態」の例と言える。

この「トポロジカルエッジ状態」、つまり、トポロジカルに異なる2つの構造が互いに接する境界において一方向の流れができることは、電子においては知られていた。それが光においてもできる可能性が、2008年、イギリスの物理学者、ダンカン・ハルデーン氏(2016年にノーベル物理学賞を受賞)によって示された。そして翌2009年にMITの研究グループによってマイクロ波を使った実験で実証され、その後、この状態をフォトニクスに活かす道が模索されてきた。

「この光のトポロジカルエッジ状態をフォトニック結晶の中に作ろうというのが、私たちが現在やろうとしていることです。すなわち先述のように、欠陥を線状に設けることで導波路を作るのではなく、構造を工夫することでトポロジカルエッジ状態を作り、その部分を導波路とするのです。光はその導波路の形に沿って一方向に流れるはずであり、かつ、トポロジカルな性質を利用すれば、構造に多少の不完全さがあっても、光の損失は少なくなると考えています」

ホワイトボードを使って解説する岩本教授
フォトニック結晶やトポロジカルフォトニクスの原理や最先端の技術を、ホワイトボードを使って解説する岩本教授。

トポロジカルエッジ状態をフォトニック結晶上に作り出す

では、トポロジカルエッジ状態が生じる構造を、どうやってフォトニック結晶上に作るのだろうか。
岩本教授らのフォトニック結晶は、板状のシリコンに等間隔に穴をあけ、シリコンと空気部分が交互に並ぶようにして周期構造を作っている(図1左など)。その空気部分となる穴の大きさと配置を変化させることで、トポロジカルに異なる構造を生み出すことが可能になるという。
それぞれの空気部分が六角形の頂点になるように穴をあけ、その際に、穴の大きさが交互に変わるようにすると、トポロジカルに異なる二つの構造が得られる。その両者が隣り合うような部分を作ると、トポロジカルエッジ状態が生じ、そこが導波路として機能するのである(図4)。通常の欠陥型の導波路とトポロジーを活かした導波路のコンピュータモデルを作成し、それぞれ光を通す計算を行った例が図5である。前者では、通らない周波数帯があるのに対して、後者は、動作周波数帯ほぼ全域の光を通すという結果が得られている。

トポロジカルエッジ状態が生じる構造
図4 (a):板状のシリコンへの穴の開け方を変えることでトポロジカルに異なる2つの状態が作れる。(b):トポロジカルに異なる2つの状態が隣り合うように並んだ領域(赤と青の境界領域)にトポロジカルエッジ状態ができる。光はここだけを一方向に流れる。©岩本研究室
欠陥型の導波路(左)とトポロジーを活かした導波路(右)に光を通す計算の例。
図5 欠陥型の導波路(左)とトポロジーを活かした導波路(右)に光を通す計算の例。欠陥型では通らない周波数帯があることを示している。©岩本研究室

「このようなフォトニック結晶を実際に作るためには、2つの段階が必要になります。まずは、どのような構造にするのがよいかをコンピュータ上のモデルで検討します。次に、そのモデルをどうやって実際の光回路の部品として作り上げるかを考えなければなりません。その両段階において、さまざまな工夫が必要です。モデルでの検討も、このような形を作ればトポロジカルに異なる構造になる、という明確なレシピがあるわけではないので、検討を重ねて最適な構造を探し当てるという作業が必要になります」
岩本教授らは、そのようにしてトポロジカルエッジ状態を生かしたZ字型の導波路を持つフォトニック結晶を作り出した。そして実験を重ね、通常の欠陥型の導波路に比べて格段に光の透過率が上がったことを確認した(図6)。

欠陥型の導波路(左)とトポロジーを活かした導波路(右)に光を通す実験の例。
図6 欠陥型の導波路(左)とトポロジーを活かした導波路(右)に光を通す実験の例。後者の方が、出力が明確に見えるのがわかる。©岩本研究室

「フォトニック結晶が実際に使われている分野は現状まだそれほど広いとは言えませんが、このような導波路が実用化の段階に至り、各種の光回路で導波路が自在に作れるようになれば、かなり広い範囲で使われるようになるのではないかと考えています。光回路を大幅に小型化できる道が開かれるでしょう。それまでにはまだ少し時間がかかりそうですが……」

トポロジカルフォトニクスでしかできない何かを

トポロジカルフォトニクスの分野では、ここ数年、年間100本以上の論文が発表されるほど、世界中で活発に研究が進められているという。それだけ、トポロジーがフォトニクスに革新的な変化をもたらす可能性が期待されているということであろう。
ただ、岩本教授は、トポロジカルフォトニクスが社会で広く生かされるようになるにはもう少し時間が必要だろうという。
「これまでお話ししてきたように、トポロジーがフォトニクスの世界に大きなインパクトを与えているのは確かです。導波路以外でも、レーザーの分野など、色々と研究が進んでいます。ただ、現状ではまだ、トポロジーを使わないと絶対にできない、というものはありません。トポロジーを使わないフォトニクスそのものの技術もどんどん進んでおり、先の導波路に関しても、トポロジーを使わずとも十分な品質のものができるかもしれません。そのため、トポロジカルフォトニクスの研究者としては、トポロジーを使わないとできない何かを見つけることが現在の一番のフロンティアと言えるでしょう。トポロジーに関する理学的研究は進んでいて、色々と新しいことが分かってきています。それをどう光デバイスなどに活かし、トポロジーならではの技術を生み出せるのか。私たち工学の研究者にとって、ここ10年くらいが勝負なのではないかと考えています」

実験室の写真
クリーンルームで作られたフォトニック結晶を用いて各種の実験を行う。光を通し、その挙動を観察する。右写真の円柱試料台に置かれた黒い小片がフォトニック結晶。

トポロジーを活かしたこれまでにない画期的な技術を確立すれば、光の技術が大きく進化する可能性がある。そしてトポロジーの威力が明らかになる。それを最初に達成すべく、世界中で激しい競争が進んでいる。
「自分たちが一番にそういう技術を作り出せれば嬉しいですが、それは他の研究者かもしれません」
どうなるだろう――という表情で、岩本教授はそう言った。トポロジカルフォトニクスがいままさに熱を帯びている分野であることが、その表情から伝わってきた。

岩本 敏(いわもと さとし)
岩本 敏(いわもと さとし)

2002年3月、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了(工学博士)。同年9月、東京大学生産技術研究所助手。2003年7月、同研究所講師。その後、東京大学先端科学技術研究センター講師、同准教授、東京大学生産技術研究所准教授を経て、2019年より現職。東京大学生産技術研究所教授を兼務。

※ 人物写真は撮影時のみマスクを外しています

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