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第12回  光製造科学 分野 高橋 哲 教授

高橋 哲 教授

蟻が歩数を数えていることが検証された。

2006年のサイエンスの記事[1] である。当時、新聞一般各紙でも紹介されたのでご存じの方も多いかと思います。一見、客観的検証が困難に思える対象に対して、お金もかけず工夫に富んだアプローチで研究実施され、多くの示唆をもらったのを覚えています。(具体的な検証方法にご興味のある方は、ぜひ記事[1] をご覧ください)

ところで、私は、妙な特技があり、「蟻を後ろ向きに歩かせる」ことができます。小学生のときに、(何を思ったのか)そこらに散らばっている木や草を切断し、断面からしみ出る汁を、片っ端から蟻に飲ませて悦に浸っていたときに、発見?をしました。ある特定の草の汁を飲ませた(「無理やり口になすりつける」が正解ですが)蟻を地面に戻すと、しばらくして後ろ向き!に歩き出す個体がいたのです。もしかしてと思い、今度は意識して実施すると八割方の蟻が同様の行動をすることに気付きました。

時は流れ、阪大で助手をしているとき、学生との昼食でキャンパスをグダグタ歩いているときに見つけたのです……そう。その時の草を。

大阪という土地柄なのか、私の人徳のなさなのか(もちろん、後者が正解です)、「蟻を後ろ向きに歩かせることができる」という私の主張は、学生たちには、当然として冗談としてしか処理されませんでしたが、運よく私の幼少時代と同じレスポンスをしてくれる蟻がいてくれました。

さて、なぜその草の汁を飲むと蟻は後ろ向きに歩くのでしょうか?

私の専門は、光エネルギーをベースとした最先端ものづくり支援技術の開発です。すなわち、上述の蟻とは特段の関係がない専門ですので、以降の文章に関しては、ご専門の先生におしかりをいただくような、学術的にいいかげんな内容の可能性が高いことを、お含みの上お読みいただければ有り難いです。

なぜ、蟻は後ろ向きに歩いたのでしょうか?― 私の仮説では、蟻が蝶の羽を運搬する動作にヒントがあると考えています。彼らは、通常は前進歩行ですが、大きな対象を運搬する際は、後退歩行となります。つまり、「押す」動作より「引く」動作のほうが、凹凸、擾じょう乱らんの多い、彼らの生活環境においては、明らかに有利であり、進化の過程で彼らが身につけたものでしょう。 で、上述の草の汁というのは、結構べたべたした粘着性を有していることがポイントになります。つまり、その汁を顔に塗りたくられた蟻は、地面に戻して少したつと顔面に砂等の塵じん埃あいが付着した状態になりがちで、(決して、汁の飲用により機能したのではなく)前進歩行時に、視野近傍に塵埃付着状態が継続した場合、彼らの中では、何らかの大きな運搬物を搬送している状況であると錯覚したのでは、と勝手に考えています。

仮説の確度はともかくとして、蟻は、(巨大運搬物という)困難にぶちあたった時に、(「押して駄目なら引いてみろ」と言わなかったとは思いますが)非常に柔軟な対処法により困難を克服、大きく前進したと言えるでしょう。

さて、ここで(ようやく)本来のリレーエッセイの趣旨に戻りたいと思います。

「先端とは」。

蟻から見て、見上げるような巨大な蝶の羽を見つけ、巣への運搬を目指し、トライアンドエラーしていた蟻は、そう、もちろん先端、最先端でがんばっている個体、一研究者と言っても良いでしょう。また、地球上のすべての蟻の総重量は、人類すべてのそれに匹敵する[2] という試算もあるようです。いずれにしても地球上で繁栄を謳おう歌かしている種の一つであることは間違いないでしょう。

進んで、戻って、また進む……

物事の先端においては、困難、失敗はつきものです。いや、むしろ失敗がないことは、もはや先端ではないという要素も秘めています。その時は、決して短期的な成功を求めずに、地球上の一支配者である蟻に学んでいければなーと夢想しています。

 

(2014年8月)

 

[1] Wittlinger M、Wehner T. Wolf H( 2006)The Ant Odometer: Stepping on Stilts and Stumps. Science 312: 1965-1967.

[2] ナショナルジオグラフィック日本版2006 年10月号

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