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第13回 気候変動科学 分野 中村 尚 教授

中村 尚 教授

予測するサイエンス

先端研の中では異端の分野であるが、自身が専門とする気候力学・気象力学は長い歴史を有する分野である。ギリシャ時代から人類は日々変化する空模様に科学的興味を抱き、明日の天気を正しく予測することを夢見てきた。一方、全球的な大気・海洋循環の描像の把握は、帆船に依存した大航海時代に西欧諸国の社会・国家的な要請を反映して始められ、帝国主義時代には植民地での農業経営の観点から世界各地の気候とその変動を把握する研究が開始された。 20 世紀初頭に物理法則に基づく天気予報の科学的原理が示され、第2 次大戦後の電子計算機の発明と観測網の整備を経て数値天気予報が実用化された。その後スーパーコンピューティングの発展と人工衛星など観測技術の進展によって数値天気予報は精緻化され、防災のためにきめ細かな情報提供を行う一方、長期の気候予測にも拡充され、その成果はIPCC 評価報告書等を通じ、人類の将来を左右する社会決定にも資する科学的知見を提供している。

予測という実学的側面を有し、最先端の科学技術の恩恵を受けつつ発展してきた気候・大気科学分野は、その対象が極めて高度な非線型複雑系であるが故に自然科学としても一級の魅力を備えている。 今世紀に入り、高分解能の大気海洋シミュレーションや多様な衛星観測データを活用した先端研究のテーマが数多く生まれている。その1つが、従来見過ごされてきた中緯度海洋が大気や気候系に与える影響である。 これは世界的にも注目度が増している先端的テーマで、わが国からの貢献も極めて大きい。2010年度には自身が領域代表を務める科研費新学術領域「中緯度海洋と気候(略称)」が発足し、気象・海洋両学会所属の約100名の研究者・大学院生が斬新な成果を挙げている。例えば、暖流と寒流が接する海洋前線帯における強い南北水温勾配が、移動性高低気圧の活発化を通じて偏西風ジェット気流の形成やその長期変動に本質的役割を果たすこと、黒潮など大洋西部の強い暖流が雲・降水系の組織化を促すことが分かってきた。 前者は南極成層圏オゾンホールの形成が南半球の広域の気候に影響を及ぼすのに不可欠な要素であり、後者は2012 年7 月に起きた九州北部豪雨への東シナ海の対馬暖流の影響として顕れたことが見いだされた。黒潮域や東シナ海は全球平均よりも速いペースで温暖化しており、暖候期における集中豪雨のリスク増大(雨量や発生頻度の増加、発生時期の拡大など)が予想される。

ところで、大学院生を指導する立場から言えば、学生が探求する研究内容は、最低でも学位取得の瞬間においては、そのテーマについて最先端の研究内容でなくてはならず、さもなければ博士の学位取得はあり得ない。そして、自身の研究内容の先端性を学位論文にて証明するには、その導入部で探求するテーマに関する研究の歴史と現状を俯瞰した上で、論文で取り組む未解明の課題を明示せねばならない。昨今どこかの大学院で行われていたような導入部のコピペなど、学位審査論文として到底許されるはずはないのである。

(2014年11月)

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