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第25回 人間支援工学 分野 中邑 賢龍 教授

中邑 賢龍 教授

論文の先に先端は存在する

先行研究の論文を読んで進めていく研究とはしばらく無縁の生活をしている。その代わりに現場の声を聞く事が私の日課である。不登校、暴力、引きこもり、ゲーム中毒、差別、いじめなど生きにくさについての様々な相談を受けながら、現場に出かけていく。最果ての街まで出かけて引きこもりの少年に会うのは時間と旅費の無駄だと思われるかもしれないが、少年の涙、家族の表情、その街の空気を感じる中でこそ、私の様々な感情を引き出し、忘れられないリアルな出来事となる。

出会う人が多くなると、個人の問題としてではなく、次第に社会課題として大きな研究テーマが見えてくる。これは本や論文で得た感覚とは全く違ったもう少しリアリティのある私個人の現状認識である。この時、初めて私個人の感情を呼び覚まし、私が取り組もうと思う研究課題となる。「医療的ケアの必要な子供と家族のコミュニケーションの質をあげるには?」「学校での学びに意欲を失った子供の学びをどう創るか?」といった大きく漠然とした課題である。

その解決となると、それらはまさに複合的な課題であり、論文を読んでも解法が載っているわけでもない。その中の一部の課題を取り上げても全体の解決には結びつかない。それに取り組んだとしても論文としてまとめるのは時間もかかり、また、新しい課題であればあるほどまとめて発表する場所もあまりない。大学の研究者を目指す若手を引き込むにはためらいがある。

私自身にマルチな才能があるわけではない。ただ私にはマルチな興味と様々な仲間がいる。ロボットクリエータ、テニスコーチ、投資家、アーティスト、デザイナー、演出家など多彩な人が研究室に関わっている。私が解決しようとする社会課題に直接関係ない人たちであるが、彼らが存在することによって様々な人が集まり、そこで繋がる多くの人が様々な攻め手となり、常識を打ち破って進むことを助けてくれる。

学校の学びが合わないユニークな不登校傾向の子供達を選抜し、5年前から異才発掘プロジェクトROCKETを日本財団と共同で進めている。不登校の特権を活かした、教科書なし、時間割なし、明確な目的なしの学びの場である。様々なプログラムがある中で、「海外にエネルギーを考えに行こう」と子供達に呼びかけた。日程も目的地も明らかでないのに、面白そうだからと応募してくる大勢の子供たち。こんな無目的さに不安を感じずにやってくる子供がいることは嬉しい。成田空港でMumbaiと記された搭乗券を渡され、初めて目的地を知る子供たちは予備知識なしにインドに入り込んでいく。そんな旅で出合う偶然にこそ感動がある。彼らの中の先端の経験を味わう中で、学びが受動的から能動的なものに変わっていく。誰もがあったら面白いと思いながらルールや常識で縛られ学校で実施できない事を我々が展開・発信する事で、ゆっくりではあるが学校がその方向に動き始めていくのを感じている。

「先端研は何をやってるかわからないけど面白そうだから行ってみよう!」

これからもそんな場所であり続けたい。

(2018年11月)

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