人間と機械の協調的な運動の設計に有用な手がかりを発見
~機械の適切な支援のタイミングの同定と人間の知覚の順応現象の応用可能性~
- プレスリリース
2020年8月13日
- 松原 晟都
- (東京大学大学院情報理工学系研究科 博士課程1年)
- 脇坂 崇平
- (東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野 特任研究員)
- 青山 一真
- (東京大学大学院情報理工学系研究科附属情報理工学教育研究センター/バーチャルリアリティ教育研究センター 助教)
- Katie Seaborn
- (東京工業大学工学院経営工学系 准教授)
- 檜山 敦
- (東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野 講師/理化学研究所革新知能統合研究センター 客員研究員)
- 稲見 昌彦
- (東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野 教授)
- 人間の行動に合わせてその動きを支援するシステムの設計において十分に検討されていない、人間側の知覚と機械側からの支援のタイミングの問題に着目し、筋電気刺激を使った実験で2つの新たな知見を得ました。
- 身体運動の開始から機械が運動を支援するまでの時間差を計測することで、機械が適切に介入できる時間範囲を求めました。
- 人間の意図と機械の動作のずれを防ぐ上で、知覚が順応する現象の応用が可能であることを明らかにしました。
スマートウォッチやスマートグラスといったウェアラブルデバイスが製品化されているように、人間の生活を支援する機械が社会に浸透してきています。特に、パワーアシスト装置をはじめとした人間機械協調システム(注1)には大きな期待が寄せられています。ただし、機械が人間の運動を支援する場合、人間と機械の運動を効果的に融合させるために、人間の運動・生体信号を正確に計測した上で状況や意図を適切にくみ取る必要があります。しかし、人間のダイナミックな動作を完全に予測することは難しく、機械の動作が人間の意図とずれてしまう場合があります。また、人間が機械の動作のタイミングを予測できない場合、本来意図した運動が機械によって妨害されることがあります。
この人間の意図と機械の動作のずれを防止するため、東京大学大学院情報理工学系研究科 博士課程1年 松原晟都 大学院生、青山一真 助教、先端科学技術研究センターの脇坂崇平 特任研究員、檜山敦 講師(理化学研究所革新知能統合研究センター兼務)、稲見昌彦 教授および東京工業大学工学院経営工学系 Katie Seaborn 准教授らによる研究チームは、人間の自発的意図に基づく随意運動(自発的運動)のタイミングに合わせて機械から筋電気刺激を与え、機械が人間の運動を増幅させる実験系を構築しました。実験では、自発的運動の開始から機械による介入までの時間差が知覚的に同時だと感じられる時間範囲を同定し、機械による適切な介入のタイミングを求めました。また、時間的に異なる自発的運動の開始と機械による介入を知覚的に同時だと感じられるようにする手段として、知覚が順応する現象の応用可能性を実験的に明らかにしました。
本成果は、外部から運動を与えて人間の行動を協調的に補助・誘導する人間と機械のインタラクションにおける認知メカニズムの理解に貢献するものです。さらに、人間の意図に沿ってより円滑に行動を支援できる人間機械協調システムの技術開発への応用など、幅広い展開が期待されます。
本成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO「稲見自在化身体プロジェクト」(課題番号:JPMJER1701、研究総括:稲見 昌彦)および、CREST「経験サプリメントによる行動変容と創造的協働」(課題番号:JPMJCR16E1、研究代表者:黄瀬 浩一)によって得られたものです。
本研究の成果は、米国東部夏時間2020年8月12日に米国の科学雑誌PLOS ONEにて発表されました。
人間機械協調システムにおいて、機械が人間の意図通りに動かない場合には、機械が目的の動作を妨害して事故の原因となったり、人間が自身の動作において自ら制御している感覚を損なったりする点が課題となります。 本研究では、人間の行動に合わせた機械による支援を「システムの利用者の自発的意図に基づく随意運動(以下、自発的運動)のタイミングに合わせて、機械からの補助・介入運動(以下、外部操作運動)を与え、運動を増幅させること(以下、増幅運動)」と定義し、上記の課題の解決のために特に外部操作運動のタイミングに注目しました。
増幅運動では、利用者が外部操作運動のタイミングを予測できない場合、急に外部から動かされたと感じ、本来意図した運動が妨害されることがあります。したがって、自発的運動と外部操作運動のタイミングを利用者の知覚において一致させて予測しやすくすること、つまり「知覚的同時性」を保持することが特に重要です。
そこで本研究では、人間の行動において多様な役割を担う腕を対象に、知覚的同時性を計測する実験系を構築しました。
具体的には、上腕二頭筋に筋電位計を設置し、当該部位が運動する直前の筋肉の収縮を検出した際に任意の待機時間を経て筋電気刺激を与える増幅運動システムを構築し(図1)、2つの基礎実験を行いました。
まず、自発的運動の検出から外部操作運動までの時間差について、知覚的同時性が保たれる時間範囲を同定しました。被験者の上腕二頭筋における自発的運動を検出して外部操作運動として筋電気刺激を与えるまでの待機時間を変えることで、知覚的同時性の変化を捉えました。それぞれの検出‐操作時間での試行において、被験者に自らの運動に対する外部操作運動のタイミングについて「早い」、「同時」、「遅い」の3段階で回答を求めました。結果、検出‐操作時間が80-160 ms程度で「同時」と報告する割合がピークに達することがわかりました(図2)。これは、人間が自らの動きと外部操作運動の時間差を同じと感じる時間範囲が存在することを示唆しており、機械が人間の動作に介入するタイミングを設計する上で重要な手がかりとなります。
また、研究チームは、知覚的同時性を保つ外部操作運動を提示するにあたり、人間の知覚の順応についても検討しました。知覚の順応については、例えば、異なる2つの感覚器(視覚と聴覚など)を時間をずらして反復的に刺激し続けると、タイミングが異なるはずの刺激が次第に同時に与えられているように感じられる時間的再較正現象が知られています。増幅運動の場合にこのような現象を応用できると、自発的運動と外部操作運動の時間差にシステムの利用者の知覚が順応することで、順応前は同時ではないと感じていた刺激でも同時だと感じることができると考えられます。これによって知覚的同時性を保持しやすくなれば、人間と機械の動作のずれを防止する有効な手段となりえます。
そこで次に、自発的運動と外部操作運動の知覚的同時性に順応的変化が生じるかどうかを検証しました。前述の実験系ではランダムに検出‐操作時間を変えた刺激(ランダム刺激)を用いましたが、ここでは50 msまたは150 msに固定した筋電位刺激(順応刺激)とランダム刺激を交互に用いました。これにより、被験者は順応刺激で用いられる特定の時間幅をより多く体験することになります。結果、順応刺激を50 msの検出‐操作時間に設定した場合、150 msの場合と比べ、自発的運動と外部操作運動が同時であると知覚するまでの検出‐操作時間が有意に早くなることが明らかになりました(図3)。以上の検証から、順応させる条件によって知覚的同時性が保たれる検出-操作時間が変化することが示唆され、自発的運動と外部操作運動のタイミングが異なる場合にも知覚の順応を応用して知覚的同時性を保持できることが示唆されました。
本研究では、機械が人間の行動に合わせた協調支援を提供する上での課題について、知覚的同時性を保持した機械の支援の適切なタイミングを明らかにし、さらに知覚的同時性を得る上で知覚の順応を促すことが有効であることを実験によって明らかにしました。
今後は、人間が機械の支援を予測し機械と協調し続けることで知覚がどのように変容するかについて、より深く探求していきます。このように人間と機械の両面から研究を進めることで、外部から運動を与えて操作・補助を行う場合の人間の認知メカニズムの解明や、利用者の運動を妨害しない安全な人間機械協調システムへの応用など、幅広い展開を目指していきます。
雑誌名:PLOS ONE(8月12日オンライン版)
論文タイトル:Perceptual Simultaneity and its Modulation during EMG-Triggered Motion Induction with Electrical Muscle Stimulation
著者:Seito Matsubara*, Sohei Wakisaka*, Kazuma Aoyama, Katie Seaborn, Atsushi Hiyama, Masahiko Inami
DOI番号:10.1371/journal.pone.0236497
URL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0236497
<研究内容に関すること>
東京大学 先端科学技術研究センター
教授 稲見 昌彦(いなみ まさひこ)
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
調査役 内田 信裕(うちだ のぶひろ)
(a)アシストを行わず、自発的運動のみで前腕部を動かした状態
(b)上腕二頭筋につけた筋電位計で前腕部の運動を検知し、筋電気刺激によるアシストを行い、運動を増幅させた状態
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