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広帯域トポロジカル光導波路を実現する手法を発見 ~光回路技術の新たな可能性を拓く~

  • プレスリリース

2022年4月28日

1.発表者

刘  天際
(東京大学先端科学技術研究センター 特任助教(研究当時))
小林 伸聖
(公益財団法人電磁材料研究所研究開発事業部新機能材料創生部門 主席研究員)
池田 賢司
(公益財団法人電磁材料研究所研究開発事業部新機能材料創生部門 主任研究員)
太田 泰友
(慶應義塾大学理工学部 准教授)
岩本  敏
(東京大学先端科学技術研究センター 教授)

2.発表のポイント

  • 光集積回路のプラットフォームで、構造ゆらぎや欠陥、曲げがあっても一方向のみに光を導くことができるトポロジカル光導波路(注1)の広帯域化を実現する手法を見出しました。
  • 真空より小さい誘電率を持つと同時に磁気光学効果(注2)を示す材料を用いることにより、光通信波長帯で広い波長幅で機能するトポロジカル光導波路の実現可能性を示しました。
  • 本研究成果は、光回路の更なる高密度集積化に寄与し、データセンターやサーバの省電力化、光回路を活用した機械学習、新原理コンピューティング、光量子技術などの進展に貢献することが期待されます。

3.発表概要

カイラルエッジ状態(注3)と呼ばれる特殊な光状態を活用することで、一方向のみに光を伝送するトポロジカル光導波路を実現できることが知られています。この導波路は、作製時に生じる構造ゆらぎや欠陥などがあっても散乱や反射なく光を伝送できることから、光配線などに利用される光集積回路の高密度化、高機能化を可能にすると期待されています。しかし、このカイラルエッジ状態を活用したトポロジカル光導波路を、光集積回路の主な動作波長である光通信波長域において広い波長範囲で機能させることは難しいと考えられてきました。

東京大学先端科学技術研究センターの刘天際特任助教(研究当時)、岩本敏教授、慶應義塾大学の太田泰友准教授および公益財団法人電磁材料研究所の小林伸聖主席研究員、池田賢司主任研究員らの研究グループは、誘電率がゼロに近い値を示すENZ(注4)と呼ばれる特性を持つ磁気光学材料(磁気光学効果を示す材料)を含むフォトニック結晶(注5)の構造に注目し、数値解析を行いました。その結果、ENZ特性を持つ磁気光学材料を用いることにより、過去の報告の1000倍以上の広い波長帯域で動作可能な広帯域トポロジカル導波路の実現が可能であることを明らかにしました。

この成果は、従来技術では実現が困難であった一方向性導波路など、トポロジーを活用した光集積デバイスの可能性を拓くものであり、集積光回路技術に基づく様々な応用において、その高効率化、高機能化に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2022年4月27日(太平洋夏時間)に米国科学誌「ACS Photonics」のオンライン版に掲載されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「トポロジカル集積光デバイスの創成」 (JPMJCR19T1)、科研費・基盤研究(S)(17H06138)、科研費・基盤研究(C) (17K06849、19K05300)、科研費・挑戦的研究(萌芽)(19K21959)および日本板硝子材料工学助成会の支援により実施されました。

4.発表内容

【研究の背景】
チップ上に様々な光部品を集積した光集積回路は、情報伝送の高速・低消費電力化を可能にする光配線技術、光の特徴を活かした新しい情報処理技術や量子技術、センサーへの応用など、様々な分野で活用されており、その更なる小型化・高機能化、高集積化の実現が期待されています。これらの超高密度・高機能な光回路では、光部品をつなぐ光導波路において、作製時に生じる構造揺らぎや不完全性などによる反射を大幅に抑制することが必要です。しかし、既存技術の単純な延長でこの要求を満たすことは容易ではありません。

トポロジカルフォトニクス(注6)は、この要求に対する答えを提供し得る技術として近年大きな注目を集めています。一方向にのみ光が進むことが許されたカイラルエッジ状態を用いることができれば、ゆらぎや欠陥に強い安定した光導波路を実現することが可能になります。しかし、光回路で利用される通信波長帯において、このカイラルエッジ状態を実現することは難しく、極めて狭い波長範囲でしか実現されていませんでした。そのため、光回路に応用可能な広帯域で機能するカイラルエッジ状態を用いた光導波路の実現が望まれています。

【研究内容】

本研究では、磁気光学材料と半導体からなる単位構造(図1(a)赤枠)を周期的に配列した三角格子フォトニック結晶(図1(a))に注目しました。この構造において、磁気光学材料の誘電率を変化させた場合のフォトニックバンド構造を数値解析により求めました。解析では、ナノグラニュラー材料(注7)に相当する磁気光学効果の大きさを仮定しました。その結果、磁気光学材料の誘電率が低下するにしたがって、カイラルエッジ状態が存在し得る波長幅が大きく拡大することを見出しました(図1(b))。特に、ENZ領域である誘電率0.01を持つ磁気光学材料の場合には、その波長幅は光通信波長1550 nmにおいて約70 nmとなることがわかりました。この帯域は、別の構造において過去に光通信波長で報告されている値の1000倍以上に相当するものです。また、同構造を用いて構成した導波路構造について分散曲線の計算から、波数0に対して非対称な分散曲線を持つカイラルエッジ状態が確かに存在することも確認しました(図2(a))。さらに、カイラルエッジ状態を用いた導波路における光伝搬の様子のシミュレーションにより、欠陥があっても反射なく光が導波すること、磁気光学材料の誘電率が小さい場合にその安定性が向上することも示しました(図2(b))。これらの結果は、ENZ特性を持つ磁気光学材料の活用により、広帯域で動作可能で、揺らぎや欠陥に強く一方向に光を導く導波路の実現が可能であることを示すものです。同研究グループでは、この特性を実現する材料の開発にすでに着手しており、初期的な結果を得ることに成功しています。

【社会的意義】

本研究成果の活用により、一方向性光導波路の実現が期待されます。この導波路では一方向への光伝搬のみが許されるため、小型高効率なアイソレータに応用することができます。さらに構造の揺らぎや欠陥があっても反射が抑制されるため、安定に動作するレーザの実現も可能になります。また、これらデバイスは、超高密度・高機能な光回路、それを活用した光配線技術や光量子技術の高性能化の実現にも貢献すると考えられます。学術的には、トポロジカルフォトニクス研究の進展に寄与するとともに、近年注目を集めつつあるENZフォトニクスの新たな展開のきっかけとなることが期待されます。

5.発表雑誌

雑誌名:
「ACS Photonics」(オンライン版:4月27日)
論文タイトル:
Topological bandgaps enlarged in epsilon-near-zero magneto-optical photonic crystals
著者:
Tianji Liu*, Nobukiyo Kobayashi, Kenji Ikeda, Yasutomo Ota*, and Satoshi Iwamoto*
DOI番号:
10.1021/acsphotonics.1c01942
アブストラクトURL:
https://doi.org/10.1021/acsphotonics.1c01942別ウィンドウで開く

6.問い合わせ先

極小デバイス理工学分野 教授 岩本 敏(いわもと さとし)

7.用語解説

  • (注1)トポロジカル光導波路
    適切に制御された周期的光学構造の端や界面にはトポロジカルエッジ状態と呼ばれる特殊な光状態が現れます。このトポロジカルエッジ状態を用いた光導波路のことを指します。
  • (注2)磁気光学効果
    外部磁場や材料の持つ磁化により光の伝搬特性が変化する現象のことを指します。
  • (注3)カイラルエッジ状態
    トポロジカルエッジ状態の一つで、欠陥や構造揺らぎがある場合にも反射を受けず、一方向に光が流れるのが特徴です。量子ホール絶縁体で電子が試料端の形状や欠陥の有無に関わらず一方向に進む状態がキラルエッジ状態として知られていますが、ここではその光版のことを指します。
  • (注4)ENZ
    Epsilon-Near-Zeroの略で、誘電率がゼロに近い値を持つ特性のことを指します。ENZ領域では様々な特異な光学現象が発現することが知られています。
  • (注5)フォトニック結晶
    光の波長程度の周期構造です。原子が周期的に並んだ結晶のなかでは、あるエネルギーの電子がどの方向に進むかを示すバンド構造や、どの方向に進む電子も存在できないエネルギー領域であるバンドギャップが形成されます。同様に、光に対する周期構造であるフォトニック結晶では光に対するバンド構造やバンドギャップが現れます。この類似性により、トポロジカル絶縁体などの電子で培われた概念を光の世界で実現する一つのプラットフォームとなっています。
  • (注6)トポロジカルフォトニクス
    光のトポロジカルな性質を理解し制御・活用しようとするフォトニクスの新しい分野の一つです。光のトポロジカルエッジ状態などを活用した構造揺らぎに強い導波路や高機能レーザ、その他の新奇光デバイスへの応用の可能性が期待されています。
  • (注7)ナノグラニュラー材料
    誘電体の母材のなかに、ナノサイズの微小粒子が分散した構造。鉄やコバルトなどの強磁性金属を分散させた系では磁気光学効果が発現することが知られています。

8.添付資料

  • 図1
  • 図1 (a) 本研究で検討した磁気光学材料を含むフォトニック結晶の模式図。(b) 磁気光学材料の誘電率とカイラルエッジ状態を用いたトポロジカル光導波路の動作波長幅の関係。
  • 図2
  • 図2(a) カイラルエッジ状態の存在を示す導波路構造の分散関係。赤い曲線がカイラルエッジ状態の分散曲線を示す。 (b)導波路上に欠陥が存在する場合の光伝搬の様子。誘電率が小さいほど、乱れが少なく伝搬している様子がわかる。

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