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人はどのように混雑を感じるのか?
~歩く速さにおける理想と現実のギャップ~

  • プレスリリース

2022年5月13日

1. 発表者

  • カ ギョウロ(東京大学 先端科学技術研究センター 特任助教)
  • フェリシャーニ クラウディオ(東京大学 先端科学技術研究センター 特任准教授)
  • 村上   久(京都工芸繊維大学 情報工学・人間科学系 助教)
  • 長濱  章仁(電気通信大学 大学院情報理工学研究科 助教)
  • 柳澤  大地(東京大学 先端科学技術研究センター/大学院工学系研究科 准教授)
  • 西成  活裕(東京大学 先端科学技術研究センター/大学院工学系研究科 教授)

2.発表のポイント

  • 歩行者集団の行動実験において、歩行者の混雑感に関する「物理指標」と「心理指標」の両方を合わせて計測することで、これまで解明されていなかった両者の関係を初めて検証しました。
  • 従来歩行者の混雑感の指標として用いられてきた「密度」よりも、「歩行速度」の方が混雑感の推定により則することが示され、また、歩行者は「理想的な速度」と「現実の速度」のギャップに混雑をより感じることがわかりました。
  • 本研究は、密度で混雑感を分類する従来学説の改善のみならず、混雑感緩和による快適な都市・交通施設設計や群集マネジメントに貢献することが期待されます。

3. 発表概要

東京大学先端科学技術研究センターのカ ギョウロ特任助教、フェリシャーニ クラウディオ特任准教授、柳澤大地准教授、西成活裕教授、京都工芸繊維大学の村上久助教、電気通信大学の長濱章仁助教らの研究チームは、集団のなかにいる歩行者は、単に周辺密度の高さだけではなく、普段通りの速さで歩けなくなることによって、より混雑を感じることを明らかにしました。

混雑を感じる理由を「周りにたくさんの人がいるから」と考えるのは直感的なことです。実際、従来の多くの研究では歩行者の混雑感の物理指標として「密度」が採用されてきました。しかし、これまで「密度指標」と「他の物理指標」との比較や、「密度指標」と「心理指標」を合わせた実験的検証は行われてきませんでした。

本研究では、歩行者集団実験において、個々の歩行者の「周辺密度」と「歩行速度」を計測し(物理指標)、さらにアンケートで「混雑感」を調べる(心理指標)ことで、初めて両指標を比較しました。その結果、「周辺密度」よりも「歩行速度」を指標とした方が、「混雑感」をより良く推定できることが明らかになりました。さらに、普段の「歩行速度が速い人」は「歩行速度が遅い人」より混雑を感じやすいことがわかりました。これらの結果から、「理想的な歩行速度」と「実際の速度」のギャップが大きいほど、歩行者はより混雑を感じると考えられます。「物理指標」で混雑感をより正確に推定できるようになることは、群集マネジメントの大きな一歩であり、より快適な歩行者空間の実現に繋がると期待されます。

本研究成果は、2022年5月11日に科学誌「Transportation Research Part F」のオンライン版に掲載されました。

4. 発表内容

歩行者研究は、歩行者空間における事故や混雑を未然に回避するための「群集マネジメント」に科学的根拠を示すという点で不可欠です。例えば緊急避難時や大規模イベントでは、大勢の人が集まることで集団の密度が極めて高くなることがあり、将棋倒しなどによって命の危険を招く可能性があります。従って事故や混雑を防ぐには密度を低くすることが重要であり、その方法を考案することが歩行者研究の主たる目標の一つです。他方で、駅の構内やショッピングモールなど都市・交通施設における日常的な人の流れでは、極端に高密度になることは稀です。従って安全性に加えて、人が感じている混雑を緩和し快適な歩行環境を構築することも重要であり、心理的な混雑感を推測できる物理的指標を調べることが不可欠と言えます。

先行研究では、密度によって分類される歩行者サービスレベル(LOS、注1)が広く使われており、歩行者集団の物理的な密集度と主観的な混雑感の両方の指標になると考えられてきました。ただし、密度でのLOS分類を使用するためには、密度と歩行速度の間に負の線形相関(密度が大きければ速度は小さくなり、密度が小さければ速度は大きくなるという関係)を示す基本図(注2)が成り立つという前提条件が必要とされます。しかしながら、この条件が常に成立するかは不確かであり、密度や速度の物理指標が、歩行者の主観的混雑感と一致するという実験的検証はこれまでありませんでした。

本研究では、歩行者集団の行動実験によって、速度と密度による物理指標と混雑感に関する心理指標の関係を検証しました。実験では男女混在で学生と高齢者からなる49人の歩行者が、障害物が設置された細長い部屋から退室するという実験を行いました(図1)。様々な密度のバリエーションを作るため、障害物の大きさや配置場所が異なる複数の実験を行いました。また集団内の歩行者の位置と混雑感の関係を調べるため、スタート位置からゴールの出口に向かって歩行者を相対的に三つのグループ(前方、中盤、後方)に分けて分析できるよう工夫しました。なお、全ての実験で歩行者の振る舞いを上方からカメラで撮影し、その後モーショントラッキングソフトウェアを使用して歩行者の時系列軌跡データを取得し、速度と局所密度を計算しました。他方、混雑感を定量化する心理指標を得るため、アンケート調査も行いました。各実験で全ての歩行者が出口から出たのち、各被験者に混雑感を評価してもらいました。なお、密度について包括的に調べるため、現在広く用いられている四種類の局所密度を計算しました(図2)。

研究チームは、歩行者の主観的な混雑感を推定する上で、四種類の局所密度よりも速度の方が優れていることを明らかにしました。実験からは密度が大きいほど混雑感が大きくなるという従来研究通りの関係も得られましたが、歩行速度が小さくなるほど混雑感が大きくなるという関係の方が(相関係数がより大きいという意味で)より明確に観測されました。その原因として、低密度にも関わらず低速度の歩行者が存在し、かつ、これらの歩行者が最も高い混雑感を示したことが挙げられます。すなわち従来研究で前提とされていた密度と速度の負の線形相関性は厳密に成立しているわけではなく(図3)速度と密度の不一致が生じ、混雑感に関して密度と速度で異なる結果が出ました。この低密度低速度の歩行者は多くが後方のグループに属しており、混雑した前方の集団と距離を取るためにゆっくり歩かざるを得なかったために、低密度低速度の歩行者は、周りの局所密度が低くても強く混雑を感じたと考えられます。さらに性別や年齢によって歩行者を層別し、それぞれの属性の影響も調べました。結果として、同じ集団の中で歩いていたにもかかわらず、通常の歩行速度が一般に高い男性と若者は、低い女性と高齢者よりも混雑を感じやすいことが明らかになりました。以上の結果の全てを合わせると、単に局所密度ではなく、自身の実際の歩行速度と理想的な速度とのギャップによって歩行者は混雑を感じるとする新たなメカニズムが示唆されました。

本研究の成果は、密度で混雑感を分類する従来学説の問題点を指摘し、それを補うための新たなメカニズムを提案するという学術的貢献のみならず、現実社会の群集マネジメントに資するものです。最近の画像解析技術やLiDAR(注3)等のビデオ以外のセンシング技術の進歩により、速度の測定はこれまで以上に容易になるため、例えば実際の歩行施設の混雑感測定や、混雑を感じている人が特に多い場所をリアルタイムで特定することも可能になると考えられます(図4)。さらに数理シミュレーションと組み合わせることで、設計中の歩行施設や実施予定のイベントにおける混雑感の事前の予測に役立てることが期待されます。

本研究成果は、以下の研究プロジェクトによって得られました。

  • 日本学術振興会科研費(JP21K14377、JP20K14992、JP20K20143、JP21H01570、JP21H01352)
  • 科学技術振興機構未来社会創造事業(JPMJMI17D4、JPMJMI20D1)
  • 産学連携-共同研究(FONDAZIONE CARIPLO(Italy),“LONGEVICITY-Social Inclusion for the Elderly through Walkability”, Rif. 2017-0938)

5. 発表雑誌

雑誌名:
Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour
論文タイトル:
Revisiting the level-of-service framework for pedestrian comfortability: velocity depicts more accurate perceived congestion than local density
著者:
Xiaolu Jia∗, Claudio Feliciani, Hisashi Murakami, Akihito Nagahama, Daichi Yanagisawa, Katsuhiro Nishinari
DOI番号:
10.1016/j.trf.2022.04.007別ウィンドウで開く

6.問い合わせ先

<研究に関すること>
東京大学 先端科学技術研究センター 数理創発システム分野
特任助教 JIA XIAOLU (カ ギョウロ)

7.用語解説

  • 注1)LOS(level-of-service):一般的には密度を基準にしてエリアの混雑をA~Fの六段階で分類する。(Highway Capacity Manual 2000を参照: https://sjnavarro.files.wordpress.com/2008/08/highway_capacital_manual.pdf)
  • 注2)基本図:歩行者集団を始め幅広い交通現象において見られる、密度と速度の負の相関関係のこと。密度と流量の関係として表すことも多い。(図3も参照)
  • 注3)LiDAR(light detection and ranging):レーザー光で対象の形状や距離を測定するリモートセンシング技術

8.添付資料

実験を上空から撮影したスナップショット

図1 実験を上空から撮影したスナップショット。帽子の色を変えることで集団内での相対位置に応じた三つのグループに分けて分析。障害物の大きさや配置でレイアウトを様々に変更し実験を行った。

分析で使用した四種類の局所密度

図2 分析で使用した四種類の局所密度。 (a):一定半径の円近傍による密度、(b):ボロノイ近傍による密度、(c):ボロノイ近傍と円近傍の組み合わせによる密度、(d):(c)と同様の方法で進向方向を考慮した密度

本実験での密度と速度の基本図

図3 本実験での密度と速度の基本図。黒い線は負の線形相関関係を示し、赤い線はこの相関関係から外れた低密度低速度の関係を示している。

実験装置内の速度の分布

図4 実験装置内の速度の分布。本研究の結果を踏まえると、近似的な混雑感の分布であると考えることができる。なお、装置中央の障害物のサイズ(w)が大きくなるほど、出口前の混雑が緩和され、障害物の後ろに分散されていくことがわかる。つまり、障害物の設置によって集団内の混雑感の偏りを小さくすることが可能であると言える。

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