1. ホーム
  2. ニュース
  3. 先端研ニュース
  4. 抗体ミメティクス結合薬(AMDC)とATR阻害剤の併用により100日以上の完全腫瘍制御を達成

抗体ミメティクス結合薬(AMDC)とATR阻害剤の併用により100日以上の完全腫瘍制御を達成

  • 研究成果

2026年7月10日

学校法人岩手医科大学
国立大学法人東京大学
国立大学法人東北大学
国立大学法人千葉大学
学校法人星薬科大学
株式会社CompleCure

発表のポイント

  • 独自に開発した抗体ミメティクス結合薬(AMDC)とATR阻害剤を組み合わせることで、HER2陽性乳がんモデルにおいて100日以上の完全腫瘍退縮を達成しました。
  • ATR阻害剤との併用により、がん細胞のDNA修復機能を抑え、がん細胞を効率よく死滅させる新たな作用機序を明らかにしました。
  • 本研究は、AMDCとDNA損傷応答(DDR)阻害剤を組み合わせた新しい分子標的治療法の有効性を示す初めての非臨床的な実証(Proof of Concept)であり、今後、他のがんを対象としたAMDC治療への展開も期待されます。
図1 Duo-HER2とATR阻害剤の併用による合成致死誘導作用
図1 Duo-HER2とATR阻害剤の併用による合成致死誘導作用
複製ストレスを誘発するデュオカルマイシン搭載抗体ミメティクス薬物複合体(AMDC)と、複製ストレス応答を阻害するATR阻害剤との併用は、がん細胞においてReplication catastropheを介した合成致死的抗腫瘍効果を誘導することによって、腫瘍を退縮することが示唆された。

概要

 岩手医科大学医歯薬総合研究所、東京大学、東北大学、千葉大学、星薬科大学、株式会社CompleCureからなる共同研究グループは、HER2標的抗体ミメティクス結合薬(AMDC)とATR阻害剤を組み合わせた新しい分子標的治療戦略を開発し、HER2陽性乳がんマウスモデルにおいて100日以上にわたる完全腫瘍退縮を達成しました。
 本研究では、HER2標的AMDCにDNAアルキル化剤デュオカルマイシンを搭載し(Duo-HER2)、ATR阻害剤を併用することで、DNA複製ストレスを増強し、Replication catastropheを介した強力な抗腫瘍効果が誘導されることを示しました。
 また、3種類の臨床開発中ATR阻害剤すべてでAMDCとの相乗効果が確認され、細胞周期解析ではS期停止が認められました。さらに、アポトーシス解析の結果と併せて、Replication catastropheを介した細胞死が誘導されることが示唆されました。これらの結果は、AMDCとATR阻害剤との組み合わせが合成致死的に作用することを支持しています。
 本成果は、HER2標的AMDCとATR阻害剤を組み合わせたDNA損傷応答(DDR)標的治療の有効性を示す非臨床Proof of Conceptであり、本研究グループでは現在、この治療コンセプトを他の分子標的AMDCへ展開する研究を進めています。
 本研究成果は、2026年7月6日に国際学術誌Cancer Medicineにオンライン掲載されました。

発表内容

 抗体薬物複合体(ADC)は、抗体に抗がん剤を結合させることで、がん細胞へ選択的に薬剤を送達する治療法として発展してきました。しかし、既存ADCでは正常組織への副作用や薬剤耐性の獲得が大きな課題となっています。特に、DNA損傷を引き起こすペイロードを搭載したADCでは、DNA損傷応答(DNA Damage Response:DDR)(注1)の活性化が治療抵抗性の一因と考えられています。
 研究グループはこれまでに、従来のIgG抗体に代えて小型の抗体ミメティクスを用いた抗体ミメティクス結合薬(Antibody-Mimetic Drug Conjugate:AMDC)(注2)を開発してきました。AMDCは、腫瘍への浸透性に優れ、血中から速やかに消失することから、正常組織への曝露低減が期待される新しい薬物送達技術です。本研究では、HER2(注3)を標的とするAMDC(Duo-HER2)にDNAアルキル化剤デュオカルマイシン(注4)を搭載し、DNA損傷応答の中心分子であるATR(注5)を阻害することで、より強力な抗腫瘍効果が得られるかを検証しました。

 まず、HER2陽性乳がんKPL-4 xenograftモデルを用いた動物実験では、Duo-HER2とATR阻害剤(ceralasertib)の併用により、100日以上にわたり完全腫瘍退縮が維持されました(図2B)。一方、Duo-HER2単独では一旦縮小した腫瘍が再増殖したことから、ATR阻害剤との併用によって長期間の腫瘍制御が可能となることが明らかになりました。また、病理学的解析では、腫瘍が消失した部位に生存腫瘍細胞は認められず、完全退縮を裏付ける結果が得られました(図2D)。

図2 Duo-HER2とATR阻害剤の併用による合成致死誘導作用
図2 Duo-HER2とATR阻害剤の併用による合成致死誘導作用
複製ストレスを誘発するデュオカルマイシン搭載抗体薬物複合体(AMDC)と、複製ストレス応答を阻害するATR阻害剤との併用は、がん細胞においてReplication catastropheを介した合成致死的抗腫瘍効果が誘導することによって、腫瘍を退縮することが示唆された。

 次に、細胞実験では、臨床開発中の3種類のATR阻害剤(tuvusertib、ceralasertib、berzosertib)のいずれにおいても、Duo-HER2との明確な相乗効果が認められました。SynergyFinder解析(注6)では、すべての組み合わせで相乗作用を示すZIPスコア(>10)が得られ、単剤では十分な効果を示さない低濃度条件でも高い細胞増殖抑制効果が発揮されることが確認されました。

図3 HER2標的AMDC(Duo-HER2)とATR阻害剤の相乗的な抗腫瘍効果
図3 HER2標的AMDC(Duo-HER2)とATR阻害剤の相乗的な抗腫瘍効果
(A–C) HER2陽性乳がん細胞(KPL-4)におけるDuo-HER2と3種類のATR阻害剤(A:tuvusertib、B:ceralasertib、C:berzosertib)の併用効果を細胞生存率試験により評価した。いずれのATR阻害剤においても、Duo-HER2との併用により単剤を上回る細胞増殖抑制効果が認められた。(D–F) Duo-HER2と各ATR阻害剤の濃度の組み合わせごとの細胞増殖抑制効果を示す。(G–I) SynergyFinderを用いた薬剤相互作用解析。ZIPスコア解析では、3種類すべてのATR阻害剤でDuo-HER2との相乗効果(ZIPスコア > 10)が認められ、AMDCとATR阻害剤の併用が相加効果を超える強い抗腫瘍作用を示すことが明らかとなった。

 さらに作用機序を解析したところ、Duo-HER2とATR阻害剤の併用により、細胞周期のS期停止が顕著に誘導され(図4)、Annexin V/PI陽性細胞およびsub-G1細胞集団も時間依存的に増加しました。これらの結果は、DNA複製ストレスの蓄積とDNA損傷応答の阻害によって、Replication catastrophe(注7)を伴う合成致死(注8)的な細胞死が誘導されることを支持しています。

図4 Duo-HER2とtuvusertibの併用によるS期停止の誘導
図4 Duo-HER2とtuvusertibの併用によるS期停止の誘導
HER2陽性乳がん細胞KPL-4に対し、Duo-HER2、ATR阻害剤tuvusertib、またはその併用処理を行い、細胞周期の変化を解析した。(A)併用処理後72、96、120時間における代表的な細胞周期ヒストグラム。併用群ではS期細胞の蓄積が認められた。(B)各処理条件における細胞周期分布の定量結果。Duo-HER2とtuvusertibの併用によりS期細胞が増加し、sub-G1細胞集団も軽度に増加した。これらの結果は、併用処理がDNA複製ストレスを増強し、細胞周期停止と細胞死誘導につながる可能性を示している。

 以上の結果から、本研究は、HER2標的AMDCとATR阻害剤を組み合わせたDNA損傷応答(DDR)標的治療の有効性を示す非臨床Proof of Conceptを提供するものであり、AMDCを基盤とする新たな分子標的治療戦略の可能性を示しました。現在、研究グループでは、本成果を基盤としてTROP2など他の分子標的AMDCへの展開を進めています。

発表者・研究者等情報

岩手医科大学 医歯薬総合研究所
  田中十志也 (教授)<兼:東京大学先端科学技術研究センター・特任教授>

東京大学
 先端科学技術研究センター・ニュートリオミクス・腫瘍学分野
  前田啓介 (特任研究員(研究当時))
  石井正純 (教育研究支援員(研究当時))
  三浦麻衣 (特任研究員(研究当時))<現所属:星薬科大学・医療薬学研究室>
  神谷若菜 (特任研究員(研究当時))
  大澤毅 (准教授)
  児玉龍彦 (名誉教授、がん・代謝プロジェクトリーダー)
 大学院医学系研究科・衛生学分野
  石川俊平 (教授)
  加藤洋人 (准教授(研究当時))<現所属:国立がん研究センター・臨床腫瘍病理分野ユニット長>
 大学院薬学系研究科・有機合成化学
  金井求 (教授)
 アイソトープ総合センター
  川村猛 (准教授)
  巽俊文 (特任助教)<兼:大学院薬学系研究科・有機合成化学教室・薬学部研究員>

東北大学
 大学院薬学研究科・医薬製造化学分野
  坂田樹理 (助教)
  稲垣優也 (薬学部学生(研究当時))
  徳山英利 (教授)

千葉大学
 大学院薬学研究院・薬品合成化学研究室
  倉谷真由 (薬学部学生)
  中野泰基 (薬学部学生)
  山次健三 (教授)

星薬科大学
 薬学部・薬品物理化学研究室
  山下雄史 (准教授)
 薬学部・医療薬学研究室
  杉山暁 (講師)

株式会社CompleCure
  白鳥裕子
  北野谷寿人
  土屋政幸

論文情報

雑誌名:
Cancer Medicine
題 名:
Duocarmycin‐Bearing Antibody‐Mimetic Drug Conjugate Combined With an ATR Inhibitor Results in Complete Tumor Regression in a KPL‐4 Xenograft Model
著者名:
Toshiya Tanaka, Akira Sugiyama,*, Juri Sakata, Toshifumi Tatsumi, Hiroto Katoh, Keisuke Maeda, Yuya Inagaki, Takefumi Yamashita, Takeshi Kawamura, Mayu Kuratani, Taiki Nakano, Masazumi Ishii, Mai Miura, Wakana Kamiya, Yuko Shiratori, Hisato Kitanoya, Michael Chansler, Naoki Harada, Masayuki Tsuchiya, Tsuyoshi Osawa, Shumpei Ishikawa, Tatsuhiko Kodama, Kenzo Yamatsugu, Hidetoshi Tokuyama & Motomu Kanai(共同筆頭著者、*責任著者)
DOI:
10.1002/cam4.72071別ウィンドウで開く

研究助成

 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)スマートバイオ創薬等研究支援事業「デュオカルマイシンを用いた抗体ミメティクス結合薬(課題番号: JP24am0521003h0001)」、創薬等先端技術支援プラットフォーム(BINDS)「特異な構造を有する新規ケミカルスペースの開拓と創薬展開(課題番号: JP23ama121040j0002)」、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究(B)「標的アルファ線治療におけるプレターゲティング法の最適化と複数がん種への適応(課題番号:20H03627)」、基盤研究(B)「進行がんの次世代 Antibody Drug Conjugate 治療薬の創成(課題番号:21H02779)」、学術変革領域研究(B) 「もつれ光子対放出原子核と分子プローブの創成による生体内化学環境の医療診断(課題番号:22H05024)」、基盤研究(A)「Late-Stage Functionalization戦略に立脚した複雑天然物の自在な網羅的合成(課題番号:24H00591)」、基盤研究(C)「硫黄含有複雑天然物の化学合成に立脚して展開する創薬研究(課題番号:24K09704)」、持田記念医学薬学振興財団「研究助成」、小林がん学術振興会「研究助成」、武田科学振興財団「医学系研究助成」などの支援により実施されました。

用語解説

  • (注1)DNA損傷応答(DNA Damage Response:DDR)
    細胞内でDNAが損傷した際に、その修復や細胞周期の停止を制御する生体防御機構。がん細胞では薬剤耐性の原因となることがある。
  • (注2)抗体ミメティクス結合薬(Antibody-Mimetic Drug Conjugate:AMDC)
    本研究グループが開発した新しい薬物送達技術。ビオチンとストレプトアビジンを改変したCupid-Psycheシステムを利用して抗体ミメティクスに薬剤を結合させることで、従来の抗体薬物複合体(ADC)より小型で腫瘍浸透性に優れた分子標的治療薬を実現する。
  • (注3)HER2
    乳がんなどで高発現する細胞表面タンパク質。HER2を標的とした分子標的薬やADCが臨床で広く用いられている。
  • (注4)デュオカルマイシン
    DNAを不可逆的に傷つける極めて強力なDNAアルキル化剤。単独では毒性が強いが、ADCやAMDCのペイロードとして利用されている。
  • (注5)ATR
    DNA複製ストレスやDNA損傷を感知し、DNA修復を制御する酵素(キナーゼ)。ATRを阻害すると、がん細胞のDNA修復が妨げられる。
  • (注6)SynergyFinder解析
    2種類の薬剤を組み合わせた際に、相乗効果(単独投与以上の効果)があるかを定量的に評価する解析手法。
  • (注7)Replication catastrophe
    DNA複製時のストレスが限界を超え、DNA複製が破綻することで細胞死に至る現象。ATR阻害剤による抗がん作用の重要な機序の一つである。
  • (注8)合成致死
    それぞれ単独では細胞が生存できる二つの異常や治療を組み合わせることで、がん細胞のみを選択的に死滅させる治療戦略。

問合せ先

東京大学先端科学技術研究センター
特任教授 田中 十志也(たなか としや)

関連タグ

ページの先頭へ戻る