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ギイ・ストロムザ教授(エルサレム・ヘブライ大学/オックスフォード大学)特別講演:アブラハム宗教の比較研究をめぐって

  • 先端研ニュース

2021年4月9日

  • ギイ・ストロムザ教授ギイ・ストロムザ教授
  •  東大先端研グローバルセキュリティ・宗教分野では、2021年3月5日に、エルサレム・ヘブライ大学/オックスフォード大学名誉教授のギイ・ストロムザ先生の特別講演「アブラハム一神教の比較研究:ヒューリスティックな利得と認知的陥穽」をウェビナーで開催しました。
     この講演は、3月1日から5日にかけて開催された「イスラエル・ウィーク@東大駒場リサーチキャンパス」の最終日の特別イベントとして開催されました。ストロムザ教授には、グローバルセキュリティ・宗教分野(池内研究室)にて2020年度に発足した国際研究プロジェクト「未来の人文学に向けて:思想研究のための国際研究ネットワーク構築」(プロジェクト・リーダー:山城貢司特任研究員)にも積極的に関与していただいており、本イベントは形成途上のプロジェクトのスピン・オフとしても位置づけられています。
     ストロムザ教授は、一神教研究の第一人者として国際的に著名な学者ですが、氏が近年精力的に取り組んできた課題の一つにアブラハム宗教の比較研究が挙げられます。共通の起源に由来し、顕著な構造的類縁性を示す三つの宗教的形態としてユダヤ教・キリスト教・イスラーム教を積極的に把握しようとする「アブラハムの宗教」という考え方は、従来無批判に使用されがちであった一神教という概念を置き換える新しい道具立てであるといえます。それと同時に、「アブラハムの宗教」という言葉は、歴史上しばしば深刻な敵対関係にあったこれらの宗教の間の和解の根拠として援用されてきたという神学的経緯があります。こうした両義性を帯びた「アブラハムの宗教」に対してどのようなスタンスを取ることが、宗教研究の文脈においては望ましいのでしょうか?この課題に取り組んだ本特別講演「アブラハム一神教の比較研究:ヒューリスティックな利得と認知的陥穽」は、オックスフォード大学における初代Professor of the Study of the Abrahamic Religionsとして、新興の研究分野の基礎づけと発展に尽力されてきたストロムザ教授に直接お話を伺える貴重な機会となりました。

    アブラハム宗教研究の方法論的問題を巡って、様々な論点に言及がなされた本講演内容を論理的な軸に沿って再構成し直すと、以下のように簡潔に要約することが可能でしょう。

    (1)決して無視することのできない決定的な相違点の存在にもかかわらず、ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教の間の「家族的類似」については疑い得ない。この系譜学的連続性は、それ自体として、これらの宗教的諸伝統のクラスター総体を対象とする比較研究の必要性を必然的に指示している。

    (2)従って、ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教のための総称が要求される。一神教という用語に内包される致命的な問題については、すでに宗教学者の間における共通理解となりつつある。他方、「預言者の宗教」や「聖典の宗教」といった代替案は、これらが必ずしもユダヤ教・キリスト教・イスラーム教だけに特有の宗教現象に基づいていない呼称であるという点において不満が残る。

    (3)それでは、「アブラハムの宗教」という選択肢はどうだろうか?これについては、宗教間対話の可能性の拠り所としての神学的含意がつきまとっているという正当な反論がある。それならば、「アブラハムの宗教」という考え方を宗教学的分析に転用するための一連の「消毒作業(=非神学化)」を行うことはできないだろうか?

    (4)ここで、アブラハム宗教の比較研究にとって、父祖アブラハムの表象に特別な力点を置かれるわけではないことに留意する必要がある。むしろ我々の主要課題はユダヤ教・キリスト教・イスラーム教それぞれの宗教システム総体の分析である。狭い意味での神学的教義を超えた社会学的事実(人間観・倫理・政治など)にこそ、アブラハム宗教を規定するところの本質的契機を見出し得るだろう。

    (5)同時に、アブラハム宗教の比較研究においては、差異に対する鋭敏な感受性が肝要である。「凝固物」としての個別の宗教システムを一般化された(抽象的=観念的)同一性の虚構の中に解体してはならない。

    (6)こうして、アブラハム宗教の系譜に属する相異なる宗教システムの交錯の織りなす結び目ないし結節-いわば具体としての出来事-こそが、第一義的な研究対象として前面に押し出されてくると思われる。

    (7)この関連で、アブラハム宗教研究はいわゆる「正統」の宗教伝統だけでなく、従来「異端」と名指されてきた諸潮流をも真剣に取り扱う必要性があることに留意しよう。さらに、アブラハム宗教がその成立と発展を通じて、常に多神教的環境と流動的な境界面を構成していたという事実を忘れてはならない。そもそも、変容し続ける社会的実在物である宗教は、人為的に構築された境界線やカテゴリーを常に逃れ続けるものではないか?

    (8)ここまで素描してきた我々の研究目標は、言ってみれば「イーミック」(内側からの観察)と「エティック」(外側からの観察)のはざまを遡行する複眼的アプローチによってのみ到達可能であろう。主観と客観、共感と批判の(常に危うい)均衡のみが、特定の宗教システムの隠れたメカニズムを取り出すことを可能にするのだ。

    (9)このようなアブラハム宗教の比較研究は、現実の政治問題と無関係ではありえない。それは自由の精神の産物として、神学の偶像を破壊する。然して、それは民主主義を侵食する暴力と非寛容に対する解毒剤でもある。

    (10)結論として、数多の認知的陥穽を考慮にいれたとしても、なおアブラハム宗教の比較研究には明らかなヒューリスティックな利得があるはずだ。この道具だての限界と弱点を見極めつつ、いかなる新しい宗教学的理解をもたらし得るか。ここにこそ我々の試みの帰趨はかかっている。

    宗教学会の枠をはるかに超えて注目を集めた本特別講演には80名を超える参加者が集い、ストロムザ教授の透徹した洞察は、パネリストの鋭いコメントもあいまって、聴衆の知的好奇心を大いに刺激しました。本講演では、アブラハム宗教の比較研究が、具体的な宗教分析においてどのような効果を発揮するのかという点については、具体的には扱われませんでしたが、ケーススタディの蓄積・テーマ研究の深化・理論的枠組みの洗練といった形で、まさしく現在進行形で研究成果が蓄積されつつあるのが、本分野の「現場」であるといっても過言ではないでしょう。ストロムザ教授のお話を通じて、こうした研究の最前線のホットな雰囲気の一端だけでも伝わったのではないでしょうか。

    本講演は、グローバルセキュリティ・宗教分野(池内研究室)にて推進中の国際研究プロジェクト「未来の人文学に向けて:思想研究のための国際研究ネットワーク構築」(プロジェクト・リーダー:山城貢司特任研究員)の諸活動の過程で、「アブラハム一神教」概念の現代的な含意についての池内教授の問いかけに、ストロムザ教授が応答してくださったことから生まれたものです。本プロジェクトは、東京大学とエルサレム・ヘブライ大学の間で2019年に締結された包括協定を踏まえ、それを実質化するための重要な出発点として2020年度に発足し、東大とヘブライ大に連なる様々な研究者の長期的な知的交流の場を形成することをその中核に据えています。そして、学問諸領域における重層的かつ拡張性のある国際研究ネットワークの構築を通じて、思想研究を中心とした人文学一般の刷新に向けたプラットフォームを形成することを目指しています。そうした意味でも、ストロムザ教授の特別講演は、本プロジェクトの着実な進展を如実に反映した記念すべき学術イベントだったといえるでしょう。

【開催概要】
日時:
3月5日(日)午後4時−5時半

場所:
オンライン(Zoom)

講師:
ギイ・ストロムザ教授(エルサレム・ヘブライ大学 /オックスフォード大学)

主催:
東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野 池内研究室

共催:
東京大学先端科学技術研究センター 創発戦略研究オープンラボ(ROLES)
東京大学グローバル地域研究機構(IAGS)
GSIキャラバン・プロジェクト「中東国際政治における主要地域大国と域外大国の関係をめぐる実施調査と対話」(代表者:池内恵)

モデレーター:
東京大学先端科学技術研究センター 池内恵教授(グローバルセキュリティ・宗教分野 )

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