1. ホーム
  2. ニュース
  3. 先端研ニュース
  4. 寒冷を感知し、誘導性熱産生脂肪細胞の生成を制御する脱リン酸化酵素の発見

寒冷を感知し、誘導性熱産生脂肪細胞の生成を制御する脱リン酸化酵素の発見

  • 研究成果

2022年10月17日

東京大学先端科学技術研究センター/東北大学大学院医学系研究科の酒井寿郎教授、東北大学大学院医学系研究科の松村欣宏准教授、高橋宙大助教、楊歌大学院生らの研究グループは、寒冷を感知し、誘導性熱産生脂肪細胞(ベージュ脂肪細胞)の生成を制御する脱リン酸化酵素複合体MYPT1-PP1βを発見しました。この脱リン酸化酵素は、ベージュ化過程でクロマチン構造と共活性化因子誘導を調節し、脂肪組織特異的に欠損させると食事誘導性肥満と耐糖能の改善が認められました。本研究成果は2022年9月29日に『Nature Communications』誌に掲載されました。

肥満は生活習慣病の成因基盤となり、特に近年では肥満が社会全体に広がり、予防・治療法の開発は喫緊の課題となっています。白色脂肪組織は、通常はエネルギーの貯蔵や供給を担っていますが、長期寒冷環境下では、ベージュ脂肪細胞が誘導され、熱産生も担うようになります(図1)。ベージュ脂肪細胞は、熱産生に脂肪を燃焼するため、ベージュ脂肪細胞の誘導が、肥満症の新規治療・予防戦略として注目されています。寒冷刺激により活性化されるβアドレナリン受容体(β-AR)を介したシグナリングは、熱産生遺伝子を発現させ、ベージュ化誘導において中心的な役割を担います。時空間的な遺伝子の発現には、後天的ゲノム修飾「エピゲノム」と転写因子による転写活性化の統合的な制御が必要ですが、β-ARシグナリングにより熱産生遺伝子発現が統合的に制御される仕組みの詳細は、分かっていませんでした。

研究グループは、脱リン酸化酵素の調節サブユニットMYPT1と触媒サブユニットのPP1βが、ヒストン脱メチル化酵素JMJD1Aによるエピゲノム書き換えとYAP/TAZ転写コアクチベーターを介した転写調節を統合的に制御することでベージュ化を抑制することを解明しました。一方、寒冷刺激下では、活性化されたβ-ARシグナリングがMYPT1-PP1βをリン酸化することで不活化し、ベージュ化を誘導する仕組みが明らかとなりました(図2)。また脂肪組織特異的MYPT1欠損マウスは、高脂肪食を与えると対照マウスと比べ太りにくく、耐糖能やインスリン抵抗性が改善していました。

本研究成果は、肥満や生活習慣病に対する新規治療・予防法への応用が期待されます。

酒井教授は次の様にコメントしています。「本研究は、先行研究で同定した寒冷刺激を感知しベージュ化を誘導するエピゲノム酵素JMJD1Aのリン酸化に着目し、このリン酸化(1st step) レベルを制御することでエピゲノム書き換え(2nd step)を誘導し、「脂肪燃焼体質」を細胞に記憶させることができるか検証する挑戦的な試みでした。エピゲノム酵素の機能を亢進させ、エピゲノム変化を特定の遺伝子座で制御するという新たなエピゲノム創薬の可能性を提示するもので、今後さらに生命科学および多因子性疾患の予防と治療に大きな可能性が広がることが期待されます。」

本研究は、文部科学省 科学研究費 基盤研究(S)「環境因子とエピゲノム記憶による生活習慣病発症の解明」、研究活動スタート支援「ヒストン脱メチル化酵素のリン酸化制御タンパク質同定による脂肪細胞褐色化機構の解明」、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明」研究開発領域における研究開発課題「生活習慣病予防に働く早期ライフステージの生活環境記憶の解明」等の支援のもとで行われたものです。

  • 図1:長期的な寒冷環境によって、白色脂肪組織中にベージュ脂肪細胞が誘導され、慢性の熱産生を担う。©2022 酒井寿郎
  • 図1:長期的な寒冷環境によって、白色脂肪組織中にベージュ脂肪細胞が誘導され、慢性の熱産生を担う。©2022 酒井寿郎
  • 図2:寒さによって脱リン酸化酵素の活性が抑制され、ベージュ脂肪細胞になる仕組み ©2022 酒井寿郎
  • 図2:寒さによって脱リン酸化酵素の活性が抑制され、ベージュ脂肪細胞になる仕組み
    図の中の丸で囲った『P』はタンパク質のリン酸化、『Me』はヒストンH3タンパク質の9番目のリジンのジメチル化を表している。慢性寒冷刺激条件下では、MYPT1-PP1βの働きは抑制され、JMJD1AとRLCは活性化され、熱産生関連遺伝子がONになる。非寒冷環境下では、MYPT1-PP1βは活性化され、JMJD1AとRLCの働きは抑制され、熱産生関連遺伝子がOFFになる。©2022 酒井寿郎

【発表雑誌】

著者名:
Hiroki Takahashi*, Ge Yang*, Takeshi Yoneshiro, Yohei Abe, Ryo Ito, Chaoran Yang, Junna Nakazono, Mayumi Okamoto-Katsuyama, Aoi Uchida, Makoto Arai, Hitomi Jin, Hyunmi Choi, Myagmar Tumenjargal, Shiyu Xie, Ji Zhang, Hina Sagae, Yanan Zhao, Rei Yamaguchi, Yu Nomura, Yuichi Shimizu, Kaito Yamada, Satoshi Yasuda, Hiroshi Kimura, Toshiya Tanaka, Youichiro Wada, Tatsuhiko Kodama, Hiroyuki Aburatani, Min-Sheng Zhu, Takeshi Inagaki, Timothy F. Osborne, Takeshi Kawamura, Yasushi Ishihama, Yoshihiro Matsumura#, Juro Sakai#(*筆頭著者、#責任著者)
タイトル:
MYPT1-PP1β phosphatase negatively regulates both chromatin landscape and co-activator recruitment for beige adipogenesis
雑誌名:
Nature Communications
オンライン掲載日:
2022/9/29
DOI:
10.1038/s41467-022-33363-0
URL:
https://www.nature.com/articles/s41467-022-33363-0別ウィンドウで開く

【研究者】
代謝医学分野 教授 酒井 寿郎

関連タグ

ページの先頭へ戻る